ミーン、ミーンと、蝉の鳴き声がこだまする。コンクリートの校舎に跳ね返って、跳ね返って……何倍にも誇張されて、まるでとてつもなく大きな蝉が学校を占領してしまったみたい。
クーラーでガンガンに冷やされた体は、あれほど嫌がっていた暑さを求めている。冬、暖かい部屋でコタツに入りながらアイスを食べるような、そんな瞬間の気持ち良さが図書館を出た後に待っているはず。
冷たくなった肌には生温い風と刺すような日差しが丁度良くて、まるで自分の体をじわりじわりと溶かされている感じ。熱気の抱擁を受けて、私はまんざらでもない気分になる。このままどろどろに溶けたらグレーチングで濾されて、そのまま排水溝に流れ込んでしまいそう。
暑さに侵される前に、夏の魔物に憑りつかれる前に……私は早足で図書館を後にした。
グラウンドでは野球部が走っていて、こんなに熱いというのに白いシャツと白いズボンで黄土色の砂に足跡を残してた。まるで、砂漠を彷徨う三蔵法師……になるには、滾るような活力が少し厄介かもしれない。
汗を流していることが容易に想像できるのは、どこかきらきらと輝いているように見えるから。ひとつの目標に向かってひたすらに努力することができるというのは、何とも言えない魅力を放っている。まるで、一緒に頑張った気になれるほどに。
そうして校門へと向かう少し前、私は体育館から聞こえる音に引き寄せられる。
――キュッキュッと、不規則と規則的を繰り返すバスケットシューズの音。ドラムのようにリズムを刻むドリブルの音。仲間に声を掛ける、誰かの大きな声。それら全てが合わさって、まるでひとつの楽団としてひとつの楽曲を演奏しているみたい。
この先どうやってこの曲が盛り上がりを迎え、そして終焉へと導かれるのか誰にも分からない、けれでもどこか聞き覚えのある不思議な曲。ミリオンセラーも夢じゃないかも、なんてことを考えてみる。
換気のために開かれた扉から、私は中をそっと覗き見た。男子バスケ部が、練習をしているのだ……。
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今でも覚えている――彼がシュートを決めた瞬間のことを。
それは、私が生まれて初めて感じた、全身を稲妻が駆けていくような衝撃的なものだった。私の体中の神経を通して、彼からの視覚的な刺激に耐えるしかなかった。もしかしたら、彼が放つ独特なオーラというものに当てられたのかもしれない。
どうしたらいいのか分からない私は、バスケ部の練習を時折盗み見るしかなかった。堂々とするにはあまりにも下心が見え見えで、誰かにそのことを口にされては困ると思ったから。私なんかが彼を気にかけるなんておこがましい……そんなことを考えて自分の心をコントロールしようとしてはみたものの、自然と滲み出てくる思いは止めようがなかった。
誰かがバスケ部を見に行く、彼を見に行くと言えば、私はついでだから別に興味がないといった感じでついていった。そして、誰よりも真剣なまなざしで彼のプレーを見た。ファン的な真理だろうとも自由に彼のことを「好き」と言える友人たちのことを、羨ましくも思った。練習を見に行くね、と彼本人に気軽に言えることも。
別に、私の存在に気付いて欲しいわけではない。ただ、コート上を自由に動く彼の姿をずっと見つめていたかっただけ。自分に無いもの全てを持っているように思える彼の、生き生きとした姿を瞳に焼き付けたかった。
ミーハーな黄色い歓声も、もっと近づきたいという下心も、私には無縁だった。何かひとつの完成された芸術品でも見るような気持ちで彼を見ていたけれど、他の人からすれば、私だってミーハーなファンと寸分も違わないように見えているだろう。
ボールがなかなか彼の手から離れないのを見て、きっとボールも横着をして彼との時間を伸ばそうとしているのだと馬鹿げた妄想をする。彼もバスケットが好きで、バスケットも彼が好きで……相思相愛でプレーしている彼を、ついつい誰もが目で追ってしまうのも仕方が無いことだと思う。ラブラブなカップルが幸せを無意識の内に撒き散らしているような状態に似ているかもしれない。
彼の素晴らしさと魅力をもっと他の人にも知ってほしいと思う反面、その輝きはあまり知られたくない、自分だけの秘密にしておきたいと思う気持ちもある――なんてわがままで、彼とは対角線にいるような考え!
けれど、こんな煩悩を彼の美しいシュートフォームが薙ぎ払ってくれる。ボールをカットする時の素早い腕の動きで、早く私の頭の中のモヤを取り払って欲しい。
……こんなにも明日が来てほしいと思うのは、これが初めてだ。
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勉強が、手につかない。
“朝が涼しいうちに宿題をしてしまいましょう”……小学生のころ、夏休みが始まる前日に配られた、夏休みの過ごし方について記したプリント。今でもしっかり守っているわけじゃないけれど、夏は朝のうちに勉強をするべきだということには異議はない。
朝(とはいっても、日が昇った時点で残念ながら暑いけれど)、真昼の日差しを浴びる前に涼しい図書館で勉強を終わらせ、それから昼食を食べに家に帰る。再び学校に戻ることも、弁当を持参することもない。午前中の充実感に包まれながら、冷えきった体を徐々に溶かして家に帰るのがなんだか癖になっているから。
“宿題”という名前から“課題”に変わったけれど、していることは大して変わらないと感じている。したくもないことを、ただしているだけ。
宿題の頃はちゃんとしていれば褒められていたけれど、課題は自分のためにしているもので、ちゃんと取り組んでいるからって誰も褒めてくれないし、しないからといって誰も怒りはしない。ただ自分が困るだけだ。怒られるうちが華、だなんて言葉は大人の都合のいい言葉だと思っていたけれど、最近、何となくそれが分かってきた気がする。
……彼は、ちゃんと課題をしているんだろうか。
ふとそんなことを考えてしまえば、そこからさらに私の手は遅くなる。数式や歴史を思い出すべきの頭は、様々な場面で焼き付けた彼の姿を復元することにばかりメモリを使って、私の思考を邪魔してくる。いや、その命令を出しているのは私なのだから、自作自演でもあるのだけれど……
日頃の様子を踏まえれば、あまり真面目に勉強している様子は想像できない。多分、“宿題”の頃だって、夏休み最終日に初めて取り組んで無理矢理終わらせようとするけれど終わらなくて、それで秋頃には先生も彼も宿題の存在を忘れて気楽に遊び惚けていたんじゃないかな。ちょっと失礼だけど、うん、そんな感じがする。今は、バスケットに専念しているからと、多めに見てもらえているんじゃないかと踏んでいる。
図書室に彼がやって来る確率なんて、この真夏に雪が降るくらいもの(つまり、あり得ないってこと)。別に期待しているわけじゃないけれど、様々な媒体から知識を得て耳年増になった女子高生には、図書室で一緒に勉強だなんて甘いシチュエーションを想像してしまうのは容易いことで。分からないところを教えて「ありがとう」なんて言われたら……そんなことで頭がいっぱいになってさらに課題が手につかない。
だから私は、万が一そんなことが起こっても大丈夫なようにせっせと課題を済ませているのかもしれない。いいところを見せないといけないからね。
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バスケ部は、どの部活よりも大変そう。……高校でも帰宅部を選んだ私は、そう評価した。
私の、彼に対するひいき目があることは自覚しているし、異議も受け入れる。だけれど、あんなに飛び跳ねたり走ったり、時折激しく体がぶつかったり、そんなことを長い間続けて繰り返すというのはこの暑さの中では酷以外に形容のしようがないと思う。
陵南高校の男子バスケ部はインターハイ出場も視野に入れた強豪らしく、全校朝会に含まれている表彰式で3年生の部長が名前を呼ばれているのを度々目にしてきた。となると、私だけが魅力に気付いているんじゃなくて、県内の人、そして日本中の人が彼のプレーを見たいと思っているのかもしれない。そう考えると突然色々と差が見えてきて、彼の練習をこっそりと覗き見している私という存在がちっぽけに思えてきた。
私も何かに秀でている有名人だったら……堂々と彼と話したり練習を見たりすることができたのかもしれない。幸い、学年で、いや、全校で一番の美人のあの子はサッカー部のキャプテンと付き合っているので、ファンクラブが崩壊する恐れはない。
それでも、彼に対して下心は無いと思いつつも、彼にタオルを渡す女の子を想像すると心がギュッと締め付けられる。やっぱり、口ではいくらでもどんなことでも言えても、心の奥底には甘酸っぱい感情が潜んでいるんだと自覚する。
けれど――私がいくら手を伸ばしても届かないことは事実で、どれほど力いっぱいジャンプしたって、物理的にも実力的にも彼を越すことはできないように思えた。
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初めの頃は、背も高くて顔もかっこいい彼のことをクラスの女子の殆どがキラキラとした目で見ていた。きっと、全て完璧なのだろうという先入観を持ってどこか期待していたんだと思う。
けれどそのうち、遅刻魔であることが発覚した。他にも、学校に来ても体育の時以外はぼんやりとしているところとか、口を開いてもちょっと抜けたことしか出てこないことが段々と暴かれ、人気は失われた……かと思いきや。かえって、彼にはみんなのヒーローという言葉がお似合いになった。
まあ、だいたいそういうものだよね。人間、全てが完璧すぎると逆に近寄りがたいというもので、どこか取っつきやすいところがある方がいい。それに彼はどちらかといえば愛想がいい方だったので、クラスメイトは男女問わず彼のことを好きになっていった。
そんなクラスの人気者である隣の席の彼は、古典の授業を睡眠時間と勘違いしているらしい。一丁前に教科書を立てて寝顔を隠してはいるけれど、机に突っ伏したその大きな体までは隠れるはずもない。
先生がやって来て彼を注意するけれど、彼はその度に憎めないような笑顔で「すみません」と言うものだから、みんな多めに見てしまう。大抵の女性の先生は「まったく、仙道君は」なんて言いながら母性本能ダダ洩れといった感じで教卓に戻って行くし、男の先生なら「勉強にもバスケぐらい力を入れてくれるといいんだがなあ」と茶化すように言う。そうすればみんな笑って、いつものことだからしょうがないと受け入れてしまう。
みんな、彼の虜なのだ。……もちろん、私も。
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ああ、憂鬱だ。とにかく憂鬱でたまらない。――というのも、今は体育の授業の時間を通して行われているクラスマッチの真っ最中。競技は多数決で決まったバスケットボールだけれど、嬉しい気持ち半分、悲しい気持ち半分というか……
乗り気ではない体を鼓舞するため、空き時間にクラスの男子はどんなものかと見に行く。彼がいるので、実は優勝候補一番のクラスだったりする。
――ボールが、まるで彼に吸い寄せられているかのようだった。ハンドパワーだとかマジックだとか、そんなふざけたことを想像する暇もないくらい彼のプレーに釘付けだった。
いつもバスケ部の練習を見に行っているので特段目新しいわけではないけれど、いつもはそれなりにバスケットに励んでいる人が彼の相手になっているわけで。経験者少々、他はほとんどが初心者のチームと戦っては、超高校級の彼の戦力がずば抜けていることを見せつける時間になってしまっていた。
そもそも彼の身長が高いのもあるけれど、彼が腕を伸ばしてしまえば、全てのシュートを遮ることだってできてしまえそう。クラスマッチを楽しむためにきっと彼なりに手加減をしているんだろうけど、さすがに途中から点差がつきすぎてしまう。そうなると彼は進んで交代してしまって、ちょっとがっかりしてしまう。私はもちろんだけれど、他のみんなだって彼のプレーを見たくて仕方がないだろうに。私はしぶしぶ女子の方のコートへと戻る。
イメージトレーニングは大切。さっきの彼のプレーを思い出して、それを自分の顔に置き換えてみて……いや、無理だ。いや、できる。いやいや、やっぱり無理!
私の心の中は不安がとぐろを巻いている。相手のクラスの女子には経験者がいるらしく、それを聞いただけでもう嫌になる。
彼は、こんな時どうやって乗り越えているんだろう。自分の苦手なことにどうしても取り組まないといけなくて、自分よりも何倍もの実力を持つ相手と正々堂々と戦わなければならない時。
けれど、思い浮かぶのは困ったように笑ってのらりくらりとしている彼の姿だけで、私が同じようにしたらクラスメイトから「どうしたの?」と心配されるだけだと思う。同じようにできるものならばそうしたいけれど、それも全て彼のカリスマ性があってのことなのだと気付けば私はどうにもできなくなる。
――ボールが、私めがけてやって来る。突き指をしないようにキャッチして、果敢にゴールへと攻める。
ボールを頭の上へと持ち上げてシュートしようとするけれど……やっぱり、彼みたいにはとべない。ボールが反抗期を迎えてしまったみたいで、ガコンッと嫌な音を立てて明後日の方向に跳ね返っていった。
「がんばれー、
夢野ー」
騒がしい体育館の中で、彼の声が耳に届いた。
――見られている、見られたくない。嫌だ、見ないで、こんなこんなひどい姿を。応援なんかしないでいいから!
私が彼のように自由に動けないということを、彼に知られてしまった。……ああ、憂鬱だ。私も、とべるようになりたい。
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ここのところ彼のことがよく頭に浮かぶせいか、私は夢の中で彼と会った。それは、先日のクラスマッチの影響をありありと感じられる、ヘタクソでセンスの欠片も無い私に彼がバスケットを教えてくれている夢だった。
夢の中の私はさも当然といった感じで彼と自由に話していて、私は自分自身に「なんて図々しい女なんだ」なんて思った。けれど、現実の私よりもバスケが上手なので、夢の中の私には逆らえないなとも思った。
もしかしたら、これは私の願望が表れたものなのかもしれない。まあ、それ以外考えられないけれど、そもそも私の願望は何なんだろう。
彼ともっと話したい?
それとも、もっとバスケットを上手くできるようになりたい?
……まさか、深層心理では彼に対してライバル意識を持っているだなんて、それこそおこがましい。でも、あんなに自由に動けたら気持ちがいいだろうし、素直に憧れはする。
とりあえず、今日の体育の授業では夢の中での特訓の成果が表れているといいな。
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夏休みは、長い。学校に行って勉強だとか諸々しなくていい休みが一番好きなのに、彼のことが気になりだした時から休みをもったいなく感じるようになっていた。思えば、午前中のうちに勉強を済ませるのが有意義だからと言いながら、もしかしたら彼に会えるかもしれないという淡い期待を抱いていたのかもしれない。
なんて現金なやつ。おかげで、夏休み明けのテストで点数が上がってるといい。
実のところ、私は未だに将来のビジョンが描けずにいる。高校を卒業したら就職するか、それとも大学に行くか。専門学校に行くって手もあるけれど……どれもまだまだ他人事のように思えて、このまま机に突っ伏して現実逃避したくなる。目的ややりたいことが見つからないせい、きっと。
夏はこんなに熱いのに、ひとり物悲しくなるときがある。この暑さでも掻き消せない、つらい現実にぶち当たったとき。自分のちっぽけさに、気付いてしまったとき。
比べてしまうのは仕方が無いことだとは思っている。ひとりで生きてはいないのだから、誰かの生き様が目に入ってはついつい比べてしまう。
自分も、あんな風になれたかもしれない。
自分も、あんな風になれたらいいのに。
……そんなことを考えているだけでは何にもならないということ。それは、十分わかっている。憧れや目標に向かって、何かしらの努力を積み重ねないと何の結果も残せないのだということも。
だけれど、その憧れが、目標が見つからなかったら。私は何を考えながら生きて行けばいいんだろう。ただ生きていくだけ、それが案外難しいのだということは分かっているけれど、それもつまらないと感じてしまう。
きっと、社会の荒波に揉まれた人からすればこんな甘ったれた考えはふざけていると切り捨てられるだろう。けれど、今の私には未来が開けていていくらでも選択肢があるおかげか、根拠のない希望が胸の中に溢れている。持て余したこれを、何かに一心に注ぎたい気持ちがある。
進路相談も三者面談もそれとなく過ごして、ひとまず学力だけは付けておいて損は無い。勉強をしていれば、この社会の中で生きやすくなる。
だけれど、“勉強以外の何か”が私の活力になるような気がしている。でも、それを先生に向かって口にできるほどの勇気が無くて、親に向かって伝えられるほど形にもなっていない。あくまで、何も知らない若者の戯言でしかないから。私はまだ、その“何か”を探し求めている最中の冒険者みたいなものだから。
……ぷつりと集中力が切れてしまった私の体は、救いを求めるようにして自然と体育館へ向かっていた。
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今日は、たった一つのドリブルの音しか聞こえない。ソリストが、大きな体育館で単独公演中ということだ。
いくら彼のことを四六時中考えるようになったとしても、さすがにドリブルの音だけで誰なのかを判断することはできない。淡い望みを持ちながら、私は扉を開いた。
――その光景に、私は二度目の雷撃を甘んじた。釘付けになって、その場から動けなかった。そして、やっと私に気付いた彼が汗をぬぐいながら私の方を見た、その視線によって溶かされた。
「ん?
夢野?」
「あ……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「勝手に見てたから……」
「謝るようなことじゃねーよ、好きなんだろ? 見るの」
「そ、そうだけど……出てる? そういう感じ」
「うん……ってのは冗談だけど、時々練習見に来てるの知ってたからさ」
彼が、仙道君が私の存在に気付いていたということは初めて知ることだった。それが嬉しいような気恥ずかしいような、むず痒い気持ちにさせる。期待していいのか、それとも――こんなことを考えるのは、良くない癖だと思った。
「バスケット、大好きなんだね」
言葉が続かなくなるのを恐れて、簡単に出したその言葉。彼の返事を聞いて、まさかそれを後悔することになるとは微塵も予想していなかった。
「ああ」
いつも通りの眩しい笑顔、だけれど――
その笑顔を見て私は、突然彼を遠く感じた。人懐っこい笑顔なんて普通は距離が近づいたのだと思えるのだけれど、今だけはそんな理屈は通用しなかった。その笑顔は不意に私を拒絶した。
誰か他に好きな人がいる方が、マシなんだろうか?
それとも、どのみち私は悲しんでいたのだろうか?
私は、彼のその笑顔が私の方を向くことはないのだということに気付いてしまった。例え向けられたとしても、それはバスケットに対して向けるものとは違って安っぽく、コピーができてオリジナル性のないもの。
嫌な汗が背中を伝っていくようだった。苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう私は、悟られないうちに取り繕った言葉を口から出す。
「……頑張ってね」
「ありがとな」
それから、彼は再びゴールと自分だけの世界へと戻って行った。その背中をぼんやりと見て、心の中で別れを告げる。私は、何だか意味も無く泣きたい気分になった。
***
彼の目が、ボールを追いかける。彼の体が、コートの上を走り回る。彼の声が、仲間を鼓舞する。彼の姿が――私に高揚感をもたらしてくれる。
だけれど、私の存在は彼にとって何でもない。
……ドリブルとバスケットシューズの音が響く。やけに冴えた頭には、その不規則な音がいつもの何倍も頭に響いた。
高くそびえるゴールに向かって、全国制覇という夢に向かって、走り、汗を流し、日々を費やす彼らの姿は、私の憧れの姿であったのかもしれない。
END