最近、席替えで隣の席になったクラスメイトは、よく、「マキさん」の名前を口にする。
「やっぱ、マキさんは他の人とは違うんだよ」
こんな風に、ことあるごとに「マキさんって、すごいんだぜ」とか「俺、マキさんのこと尊敬してんだ」とか「マキさんは完璧な人だからな」などと、彼が知っているであろう言葉をフル活用させて、その“マキさん”とやらのことを褒めちぎる。よっぽど、マキさんはすごい人らしい。
マキさんの熱心なファン(というより、もはや“信者”が近いのかもしれない)である彼は、とにかく元気で少し落ち着きがなくて、大口を開けて笑うような人。フレンドリーと言えば聞こえはいいけれど、態度が幼いとも言えて、彼の話から想像する“マキさん”とは正反対のように思えた。
別に、マキさんと彼の性格が正反対だろうと私が困ることはないけれど、多分、彼には大変なことだろうと思う。
……というのも、何となく――いや、きっと――彼は“マキさん”のことが好きだろうから。
「好きな人だ」と本人の口から聞いたことは無かったけれど、これだけ頻繁に話に出てくるならば、彼がマキさんに対して好意を持っているのは明白だった。たとえ彼が自覚していないとしても、そのうち、その好意が恋愛的なものに変化することだろう。
彼の幼さが原因して、もしかしたらその気持ちが“恋”だということに気付いていないのかもしれない。彼ぐらいにはっきりと物を言う人であれば、「自分はマキさんが好きなんだ」といの一番に告白して、周りの人に牽制をかけるなんてことをしそうだし。
どのみち、彼とマキさんが恋人同士になるのは、第三者が考えても(失礼だけど)なかなか困難なことのように思えた。私たち1年生が入学してからまだそれほど経っていないし、“さん”付けするくらいなのだから、年上の人なんだろう……そんな、ぼんやりとしたイメージでも、なんとなく、彼とは合わないんじゃないかと感じる。
決して、私が彼のことが好きで、嫉妬からそんなことを思っているわけでもなく――“素直な感想だ”ということを弁解しておく。もしそうだったら、私は遠回しに「ちょっと合わないんじゃないか」ということを伝えると思う。だけれど、私はこうも飽きずに彼の話を聞いているのだから、なんだかんだ、彼とマキさんがくっつくのを楽しみにしている。
あまりみんなが親しくなっていない状況だと、友人との恋愛話もあまり盛り上がらない。よっぽど一目惚れでもしない限り、よく知らない人に惹かれるということは難しいからだ。中学校ではどうだった、なんて話をする手もあるけれど、やっぱり、みんな認識がある人を話題にする方が盛り上がっているに決まっている。
そんな中で、隣の席の彼の話は新鮮で面白くて、ちょっとした暇つぶしになった。何より、マキさんのことを話す彼は生き生きとしていて、聞いているこっちまで楽しい気分になってくる。何度も、「ちゃっかり下の名前で呼んじゃって」なんて茶化したくなったぐらいだ。
明るい話題を提供してもらいたくて、これでもかというほど何度も何度も彼との話の話題に出てくる“マキさん”に対して飽きることなく、私はさらなる情報を求めた。
……そんな時だった。彼が思わぬ提案をしたのは。
「
夢野、そんなに興味あるならマキさんに会ってみるか?」
彼は、私があまりにマキさんの話を楽しそうに訊くので、私が彼女に興味を持っていると勘違いしたらしい。
私は構わないけれど、彼は自分の好きな人にクラスメイトを合わせるなんてどういう考えを持ってのことなのだろう。私なんかを連れて行ったら、私とデキている、なんて勘違いされてしまう可能性だってある(私が彼女だなんて、彼の方から願い下げだろうけど)。
それに、マキさんと会ったところで、正直何を話していいのか分からない。「クラスメイトです。マキさんを一目見たくてついてきました」なんて言ったって、“マキさん”も困ってしまうんじゃないだろうか。
いまいち彼がこう言った理由がよく分からないけれど、マキさんは、誰かに会わせたくなるほど素敵な人なんだろう。どのみち、私には「遠慮しておくよ」と言う選択肢はなかった。(私の中では)噂の“マキさん”を、やっと見ることができるというのだから。「いいの? 興味ありありだから嬉しいよ」と明るく返せば、彼は満足げに頷いた。
「で、その、マキさんって、どこの人?」
「どこって……俺らの先輩に決まってるだろ。3年なんだぞ」
勝手なイメージだけれど、学外の人だと思っていた。決して、先輩たちがどうというわけではなく、何となく、大学生とか社会人とか、そんな感じの人だとばかり思い込んでいた。まあ、この学校のことはまだよく分からないし、先輩との交流もあまりないのだから、どんなに素敵な人がいたって、まだ気付けていないだけなんだろう。
「今日の放課後、練習前に体育館に来いよ。そしたら、俺が紹介してやるから」
彼は、確かバスケ部に所属していたはずだ。ということは……もしかして、マネージャーだったりする? それとも、他の運動系部活動の先輩とか?
「わかった。楽しみにしておくね」
元気よく「おう」と返した彼の人懐っこい笑顔を見て、彼はなんとなく年上キラーっぽいな、なんて思った。
***
放課後――私は、恐る恐る体育館の扉を開けた。
見れば、バスケ部の人が練習を始めようと準備をしているところで、私は少し疎外感を味わうことになった。誰も知り合いがいないひとの集まりを見ていると、みんな同じような人に見えてきて、とても彼を探せそうにはない。だからといって、体育館の中に入って行って話しかけるという勇気もでないし、きっと先輩たちなんだろうし……心細さから、どうしようかと思っていると、後ろから声がかかる。
「バスケ部に何か用か?」
振り返れば、バスケ部の部員らしき人が立っていた。もちろん、背が高いというのもあるけれど、褐色肌が目立つ大人びた風貌は、いかにも先輩といった感じだった。そして……かっこいいと思った。緊張と下心から、鼓動が高鳴る。
「はい、あの、1年の清田君を呼んでもらえませんか」
「清田か?」
私が頷くと、その人は体育館の中に入り、「清田!」と呼んだ。すると、「何すかー?」という聞き馴染みのある声が聞こえ、練習着姿の人がひとりやってくる。徐々にはっきりとしていく顔が見覚えのあるものだと分かると、少しほっとする。
「おっ、来たか、
夢野」
「うん、練習前のなのにごめんね」
そう謝れば、清田君は「いーんだよ」とだけ言って、落ち着かないように「それより」と言葉を続けた。
「どうだった?」
「どうだった、って?」
「マキさんだよ、マキさん! かっこよかったろ?」
話の流れについていけない私が慌てて訊き返せば、清田君は「さっき
夢野が俺を呼ぶように伝えた人がマキさんなんだぜ」と自慢げに言った。
「うそ……」
いまいち信じられない。というより、情報がうまくつながらない。私が目を見開いていれば、清田君は「そんなに素敵だったか」と、これまた自慢げにする。
どうやら、“マキさん”とやらは女の人ではなく、男の人だったらしい。そして、“マキ”とは、下の名前ではなく、名字の“牧”のことだったらしい。
……思い込みというか、思い違いと言うか、私は盛大な勘違いをしていたようだ。
「清田、そろそろ練習を始めるぞ」
「あっ、すんません! 牧さん」
後ろから声を掛けてきた牧さんに、清田君は声を返す。
「てなわけで、練習始まるから。あ、練習、見てっても良いぜ!」
それだけ言って元気いっぱいに戻って行く清田君に対し、私は「うん……」としか返せなかった。
END