※エセ関西弁注意



「ちょっと待てい! それってどういうこと !? 」
 貼り出されたトーナメント表を見ながら話をしていた、インターハイ出場校の生徒――豊玉高校の選手は、突如会話に割り入ってきた女を面倒くさいものでも見るような目で見た。
「なんや、この女」
 彼らは面倒なことになる前に立ち去って無視を決め込もうかとすれば、会話に割り入ってきた女――清田夢子は距離を詰めてくる。
「あのねえ、海南は強いのよ。そんじゃそこらの高校バスケとは違うの」
 まともに取り合う気はなかった豊玉の選手も、そうと言われてしまえば黙っているわけにはいかない。
「そんじゃそこらってなぁ……インターハイに出場しよるだけでもひ弱な高校バスケをするヤツはおらんわ」
「せや、そんな分かりきっとることを何でアンタに言われなアカンのや」
 腕を組み、威圧的な視線を送って夢子を黙らせようとする。
 しかし、夢子はそう簡単には折れない。彼らの大きな体の迫力にもひるむことなく、負けじと言い返した。
「それは、あんたたちが海南の悪口言ってたからでしょ」
「……は? 海南?」
 豊玉の選手は互いに顔を見合わせ、困惑したような顔をしてみせる。それから、「いちゃもんつけるのもいいかげんにせぇよ」と身を乗り出す。
「別に誰も海南の悪口なんか言っとらんやないか」
「いーや、聞こえた。『オレらの圧勝に決まっとるわ』って、ちゃんと聞こえたわよ」
「ネェちゃん、耳イっとるんとちゃうか? オレらが戦うのは、神奈川は神奈川でも湘――」
「げっ……ねーちゃん!」
 ドリンクを買いに外に出ていた信長は、先程湘北とやり取りをしたトーナメント表の前で誰かが言い争いをしていることに気付いた。男同士、それも関西弁で見覚えのあるジャージを着ていたので、血気盛んな豊玉の選手が仲間割れでもしたのだろうかと思っていたが……よくよく見れば、女の人が。それも、嫌なほどに見覚えのある女性の姿が。
「ちょっと信長! どうして邪魔するのよ!」
 割り入って体を抑え込もうとしてくる弟を、夢子は邪魔者扱いする。「先に悪口言ってきたのはあっちの方なんだから」と、これでもまだ豊玉の選手を睨みつけようとする姉を見て、信長はその言葉をそっくりそのまま信じたかったが……悲しいかな、そういうわけにもいかなかった。
 ――ここまで危ない状態になったことは無かったが、姉である夢子は、正直言ってそそっかしいのだ。
 バスケの試合があるたびに応援に来てくれるのは嬉しいが、その度に姉の存在が気にかかって、「どうか静かにしていてほしい」と思ってしまう。日頃は誰かから“野猿”と称される彼も、それなりに不安に感じていた。
 今回は大きな揉め事になる前に気付けたからいいものの、もしかしたら暴力沙汰になっていたかもしれない。ただの男女でさえ力の差があるというのに、相手はスポーツをしていておまけに背も高い。取っ組み合いのケンカにでもなってしまっていたら、怪我をしていたに決まっている。
「姉ちゃん、お願いだから静かにしてくれって言ったろ? まだ試合も始まってないのに」
「私は静かにしてたわよ。それなのに、このふたりが海南のことを悪く言うから、私は許せないと思ってガツンと言ってやったの」
 信長の背中越しに、豊玉の選手らに向けて鋭い視線を送る。
「やから、俺らは言っとらんって何回言ったら分かるんや!」
 「本当、話の通じん女や」と言葉を続けようとすれば、信長が遮って夢子に向き直る。
「あ~! とにかく! 姉ちゃんはこれから知らない人に話し掛けるの禁止!」
「禁止ぃ~ !? 何よそれ! 私に寂しい思いをさせたいわけ !? 」
「寂しいも何も、姉ちゃんはバスケを見に来てくれたんだろ? だったら、バスケ見とけば人に話し掛けなくてもいいじゃんか」
「そんなのつまんないわよ。全国区デビューする信長のために、姉として挨拶しとかなきゃいけないでしょう?」
「別に挨拶しなくていいって!」
 弾丸のように繰り出される会話に、豊玉の生徒は入り込む隙を失い、一気にのけ者とされてしまった。その迫力をひしひしと感じながら、「なんちゅう姉弟なんや……」とどうでもいい恐怖を覚えつつあった。
「は、はよ行こ。変なのに構ってられへんわ」
 豊玉の選手ふたりは目配せをすると、これ以上難癖をつけられる前に、信長と夢子が言い争いに夢中になっている間に……と、そそくさとその場から立ち去った。

 しばらく押し問答を続けたふたり。そうしてやっと誤解を解いた(はず)の信長は、夢子の体から手を放し、改めて向き合った。
「な? 頼むから静かにしといてくれよ、姉ちゃん」
「もう分かったから。さっきのは私が悪かった」
「分かってくれたならいいんだよ」
 やっと分かってくれたかと信長が安堵の息を漏らせば、夢子は「とにかく」と言葉を返す。
「あのチームをコテンパンにやっつけてきなさいよ。いいね、信長」
「言われなくても分かってるって……」
 誤解を解くことはできなかったのか、と信長は少々がっくりときた。しかし、相手がどこであろうと試合には全勝して優勝するつもりなので、素直にそう言っておく。
「あと、牧さんにもよろしく言っておいて。ほら、これ」
 夢子は、手にしていた袋を信長に差し出した。
「あー! また牧さんにばっかり差し入れかよ!」
「ちがうわよ。海南、みんなの分に決まってるでしょ」
 腰に手を当てて、「そこまで私も腐ってないわ」と少し呆れたようにして言う。
「ほら、持ってみなさいよ」
「う……わっ! 重ってー!」
 こんなに重い荷物を持って豊玉の選手に喧嘩を売り、自分との言い争いをしていたのかと思うと、一瞬、姉を恐ろしく感じた。が、そんなことは口にはしない。こんなに重い荷物を持って県外にまで来てくれたのかと思うと、信長は素直にしんみりとしてしまった。
「そんなの牧さんだけで食べたら、さすがの牧さんも動けなくなるし。ちゃんと先輩にも、1年生にも分けるんだよ」
 そう言ってにっこり微笑んだ後、信長の方に手をのせる。
「そして、信長。あんたも頑張りなさいよ」
 先程はあんなに危うい姿を見せてはいたが――弟である自分のために、そして海南のために色々としてくれる素晴らしい姉に違いはなかった。差し入れを始め、練習中のサポートなど、人手が足りていない時で仕事が休みであれば進んでしてくれることがあった。
 そして何より、自分のシュート練習を黙って見てくれ、試合の時は絶対に駆け付けて応援をしてくれる。
 姉のことでため息をつくこともあったが、それでも、なんだかんだ言ってやさしい姉のことが信長は好きだった。
「……ああ、ありがと。姉ちゃん」
 信長がやる気みなぎる顔で返事をしたのを見て、夢子は頷く。「それじゃあね」と観客席を確保しに行った姉の背中を見て――まずは初戦、絶対に勝ってやろうと信長は心に誓った。


END