今日は寿の部活も無く、一緒に帰る約束をしていた。職員室に用事のあった私は、案外気の短い寿を待たせ過ぎないようにとできるだけ急ぎ、慌てて履いたローファーの音を鳴らしながら、寿の元へ向かう。
ひとり、正門近くで待っていた寿は、学生手帳――正確には、それに挟まれた“何か”を見ているようだった。近づけば、その顔が少し微笑んでいることに気付き、心なしか目がきらきらとしているのも見て取れる。まさか、学生手帳に書かれた長ったらしい文章を読んで恍惚とした表情を浮かべているはずもないので、彼は一体何を見ているのだろうかという疑問を自然と抱いた。
けれど、私は、「もしかしたら私の写真かもしれない」なんて呑気に思うくらいには自惚れていた。手元に意識をやっている寿を驚かしてやろうかと、後ろから声を掛ける。
「寿」
私がやってきたことに気付くと、彼は慌ててバッと学生手帳を閉じた。そして、それから振り向くこともなく、しばらく気まずい空気が流れた。
「……今、何か隠したよね」
顔は見えなくても、寿がどんな顔をしているのか想像がついた。いつもは強気な寿が、今だけは弱気なオーラを放っている……何か妙だ。
さすがに間が持たなくなったのか寿はゆっくりと振り向いたけれど、それでも私と目を合わせようとはしなかった。「な……何も」ときまり悪そうにする彼に、私は「いーや、絶対何か隠した!」とダメ押しをする。今にも冷や汗を流しそうな寿が面白くて、からかってやりたい気持ちになるからだ。いつも振り回される側の私は、こんな時でもないと彼を困惑させることはできないように思えた。
「もしかして、私の写真――」
冗談で(それでも、ほんの少しは本気で)そう言いかければ、寿は途中で口を挟んできた。「なわけねぇだろ!」と、先程までの様子とは一変した迫力を持って、彼は言い返してくる。
「誰が写真なんか――」
「ちょっと、そこまで言わなくたっていいじゃん!」
まさか“なんか”と言われるとは思わなかったので、私も意地になって言い返す。寿は少し面倒くさくなってきたのか、「だから、何も隠してねぇって!」と、問題の根本を改変してこようとしてきた。
しかし、私は気に食わない。別に、彼氏である寿に、私の写真をいつも持ち歩いて、時には見つめていて欲しい……という少女漫画顔負けの約束事を遵守して欲しいと願っているわけではない。私の写真は見なくていいし、そもそも持っていなくていい。
それより、一体何を見ていたのかということを教えて欲しい。何も問題が無いのなら私に見せてくれればいいのに、寿はそれさえも拒んでいる。声を荒げてまで隠し通そうとするものだから、かえって彼への疑惑が深まっていくだけ。
私に見られては大変なもの――浮気相手だとか、別の女の子の写真だとか、その他倫理的にアウトなものとか? ……とにかく、何も問題が無いのなら、その学生手帳を開いて見せてくれればいい。あるいは、見せられない理由をそれとなく教えて欲しい。それだけのことなのに、逆ギレのようにして言い返してくるものだから気になってしまう。
「そんなに見せたくないものなの? こんなになるなんて、寿らしくないし――」
「あー、いいだろ別に! 俺が誰の写真を見ようと!」
ぶっきらぼうな言い方。
まるで赤の他人に対するような、意識的に相手を除外する言い方。
寿の苛立ちが詰まったその言葉は、思ったよりも心にグサッときた。きっとひどい顔をしているんだろう。私を見る寿の顔まで、ひどい顔になっていた。
「わ、悪い、
夢子。その、オレ――」
「……分かった、ちょっとしばらく一人にさせて」
――ああ、きっとそうなんだ。好きな人が、できたんだ……寿がグレている間も、バスケットをもう一度すると言った時も、彼のことを想っていたのは私なのに……
ひとりで正門を走り抜ければ、今までの寿との思い出が走馬灯のように頭の中に浮かび、それから私の心を苦しくさせる。
私の、何がいけなかったんだろう。今まで、何か不満な素振りを寿が見せたことは無かったと思ったけれど、実は心の中では不満を溜め込んでいて、いやいや私と会ってくれていただけだったのかな……自分が作ったかもしれない原因を必死に探り出して、それから、寿がこれでもまだ素直に本当のことを話してくれないことを悲しんだ。
その場から逃げるようにして帰ったけれども、私は、寿に追いかけきてもらいたかった。無理にでも私の腕を引っ張って、引き留めてもらいたいと思っていた。それでも、どれだけ時間が経っても、寿の声は聞こえてこないし、追いかけてくる足音も無い。
嫌な予感が当たっているような気がして、徐々に視界が滲み出していた。
***
寿と言葉を交わさなければ、顔も合わさないという日々がしばらく続いた。
何日か経てば私も気持ちの整理がついて、落ち着いた態度で寿と話せると思っていた。だけれども、考えれば考えるほど自分は寿のことが好きなんだということを自覚するだけで、別れ話なんて口にできそうになかった。寿に会ってしまえば、別れ話を切り出されてしまうような気がして、私は校内で彼と遭遇してしまうことも恐れるようになっていた。
いつもならば、寿の部活が終わるまで待っているはずの放課後。私は、ひとりで下校しようとしていた。
寿と帰っているからといって何か特別なことが起きるわけではないけれど、好きな人と一緒にいられるというのは、それは幸せなことだと思う。冗談を言ってくる寿も、斜め上のことを言う寿も、少し照れたようにする寿も、今、隣にいないということはとても寂しいことなんだと気付いた。
とぼとぼと校内を歩いていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえる。反射で、私は思わず物陰に隠れてしまった。“盗聴”なんて言葉が頭に浮かびながらも、私は自然と息をひそめていた。
「――それにしても、三井サン、最近どうしたんすか? プレーもっすけど、シュートの精度も落ちてるというか……」
「うるっせぇ、おまえには関係ねぇだろ」
「関係無いっつっても、チームの勝利には大アリっすよ」
地面を踏む音と、部活バックの金具がぶつかる音がどんどんと近くなる。声から察するに、どうやら寿と、同じくバスケ部の後輩の宮城くんが話しているらしい。
「何か悩み事あるなら聞きますよ」
「おまえのその顔、胡散臭ぇんだよな」
そう寿の声が聞こえた後ほんの少し間ができたので、どこかに消えてしまったのかと顔を出して覗き見ようとすれば。
「あ、もしかして……彼女さんのことっすか?」
宮城くんがそう言った途端、ザッと強く地面をこすった音が聞こえた。
「ばっ……いや、何でもねぇ」
しかし、すぐに足音は一定のものになり、そしてどんどんと早くなっていく。
「ははあ……その様子じゃ、図星みたいっすね。オレでよければなぐさめましょうか、センパイ?」
「気色悪りぃ、誰が野郎なんかに……つーか、そんなんじゃねぇよ!」
……声が遠くなったのを確認して、私はゆっくりと物陰から体を出す。足音が向かっていった方を見れば、確かに寿と宮城くんらしき人物の姿が見えた。その先には部室棟があるので、これから部活をしにいくのだろう。小さくなっていく背中を見て、一応、心の中で「部活ガンバレ」と応援しておいた。……なんてことをしたら、ますます切ない気持ちになった。本当、未練タラタラというか、はっきりしないというか。
けれど、一方で、元気がないような、いつもとは違う寿の声を聞いて、もしかしたら私と同じ気持ちでいてくれているのかもしれないという希望を持った。彼も、あの時詳細を説明しなかったことを後悔していて、お互いすれ違っているだけならいい。……もう一度ちゃんと話し合って、お互い納得するような答えを出せばいいのだから。
***
次の日。軽い決心のついた私は、わずかな不安を抱きながらも体育館へと向かっていた。一晩考えてはみたけれど、どのみち一度寿と話しておく必要があると思ったから。
寿が、この関係を続けたいと思ってくれているならば、私もここ数日の態度を謝りたいし、寿からもあの写真のことを説明してもらいたい――例え、あの写真に写っていた人ととっくに関係が出来上がっていて、それが理由で落ち込んでいたとしても――このままよく分からないままで終わってしまうのは嫌だと思った。
体育館ではすでにバスケ部の練習が始まっているらしく、中に入る前からボールとバッシュの音が聞こえてきた。いつもは、“この音”=“寿がいる”ということで嬉しい音として記憶されているけれど、今日だけは私に冷や汗をかかせようとしてくる。
おそるおそる、中を覗いてみた……けれど、寿はいなかった。寿とは別のクラスだけれど、今日、彼の姿は見かけたし、早退したわけでもないはず。バスケがあんなに好きな彼が、無条件で休むことなんかあるだろうか。もしかしたら、まだ危ないヤツとつるんでいるんじゃないかと、わずかな不安が顔を出してくる。
出直すか、と体育館を後にしようとすれば、ちょうど休憩時間になった。タオルで顔を拭いていた宮城くんは、めざとく私を見つけ、パッとタオルを放り投げたかと思うと私の元へ駆け寄ってきた。
「ちゅーっす、
夢野先輩」
「宮城くん」
バスケ部全員が知り合いというわけではないので、こうやって気軽に話しかけてくれる後輩がいるのは助かる。「練習見に来るなんて、珍しいっすね」という言葉はその通りで、私はあまり練習を見に行くことはなかった。恋人が練習しているところを見た方がいいのかもしれないけれど、私も放課後にはそれなりにすることがあったり、毎回見に行くのもなんだか変に思っていたりして、体育館を訪れるのは珍しい方だった。「まあね」といつも通りの感じで返したつもりだったけれど、顔には目的がはっきりと書かれていたらしい。
「あ、三井サンっすか?」
そう訊いてきた宮城くんが茶化したいようにニヤニヤしているのは、気にしないことにする。
「あそこで、安西先生の指導を受けてるっすよ」
指し示してくれた方を見れば、確かに寿の姿があった。さっきは、ちょうどその“安西先生”とやらに隠れてしまっていたらしい。そして、その先生の容姿に私は目を奪われた。白髪に眼鏡、そして白髭、ふくよかな体型……あまるであのフライドチキン屋の人形みたいに見えたのはさておき、私は目をこらした。
あれ、寿……なんか妙に嬉しそうじゃない? それに、ほんのりと顔を赤らめているような……
「寿、今日、熱があるとか言ってた?」
「……いや? 別に何も聞いてないっすけど」
私の質問を不思議がる宮城くんを尻目に、私は寿と安西先生を目で追う。すると、寿がスポーツドリンクをとろうとしたところで目が合ってしまった。遠目でもわかる。絶対に「げっ」と言っている顔。
寿に練習後に話をする約束を取り付けに来たものの、大勢の人がいる前で突然別れを切り出される可能性も否めない。そんなことになってしまえば、私は取り乱してしまうかもしれない。
直接対峙するのを避けるために、私は「宮城くん」と彼を呼ぶ。
「寿に、『今日の練習の後、待ってる』って伝えといて」
「分かったっすっけど、直接言えば――」
「じゃ、よろしく」
ズカズカ、という音が聞こえてきそうな歩き方でこちらにやってきた寿に気付かないふりをするように、私は体育館を後にした。
***
「寿」
私は、寿を待っていた。練習を終えた寿は、少し気だるそうに、それでもはっきりとした足取りで私の元へとやって来る。
「練習お疲れさま」
「……ああ。
夢子も、わざわざ待っててくれたんだろ? 今日、ちっと長引いたからな」
寿があまり怒っていないのを見て、宮城くんはそれなりに気を遣って寿に伝言をしてくれたのだと思った。そして、「悪ぃな」と小さな謝罪の言葉が彼の口から漏れてきたのが、本当に些細なことだったけれど、一応ケンカ状態にあるということを後悔させた。なんだか他人行儀に思えて。
「そんなに待ってないよ。それに、寿と話しておきたいことがあったから」
そう言いつつ足元を見れば、しばらく寿からは言葉が返ってこなかった。まるで別れ話のようにも捉えられるような言葉に、私は、寿が慌てて言葉を遮るのを期待していた。だからこそ、彼が何も言わずにしばらく続いた無言は、これからのふたりの様子を暗示しているように思えた。
やっぱり、私の方から言うしかないのかもしれない。うつむいたまま息を吸い込んで、「寿」と言葉を始めようとすれば――
「ん」
突然の声に、私は顔を上げる。差し出されたのは、1枚の写真――今日見た、あのふくよかな先生の写真だった。何の脈絡もないこの写真に、私は言葉に悩む。
「私に……くれるの?」
「ちげぇよ!」
お笑いのツッコミのように寿が勢いよく返すものだから、私は何が何だか分からなくなる。
「じゃあ、これは――」
「あの日、オレが見てたのはこの写真だったっつーこと」
……え?
「寿……これ、見てたの?」
少し恥ずかしがりながら「ああ」と言ったのを見て、私は目眩がしそうになった。
言われてみれば、今日の練習中も、この先生と向き合っていたときの寿の顔は、なぜか恋する乙女のようになっていた気がする。なんだか嬉しそうな顔をしていたし。
ってことは……私は安西先生に負けてしまったということ !? 私って、一体――
ショックでふらついてしまった私を支えてくれた寿は、「おい! 大丈夫かよ
夢子!」と慌てていた。どうにも追いつけない事実で頭が混乱している私は、それでも寿が私を気遣ってくれていることに嬉しさを感じた。
「ごめんね、寿。私、寿の気持ちに気付けなくて……」
「いいんだよ、オレも紛らわしいことしてたしな」
「でも、これで私も吹っ切れたよ。だから、寿はこの人と幸せになって――」
「……ちょっと待て」
夢見心地で最後の別れを美しくしようとしていたら、真面目なトーンの寿の声が私の言葉を遮ってしまった。
「オレが安西先生と幸せになるって……おい、どういうことだ」
「え? だって、寿はこの先生のことが好きなんでしょ? 寿のことが大切だからこそ、私は応援するんだよ?」
「待て待て! 俺がいつ、恋愛的な意味で安西先生のことが好きだって言ったんだよ」
「いやいや、好きも何も、あんなに嬉しそうな顔で写真見てたらそう思うしかないでしょ」
思っていることをそのまま言えば、寿は頭をわしわしと掻き、それから一度息を吐くと、今度は私の目を見つめた。改めて向き合うとその顔のかっこよさに気付くことになり、思わず胸が高鳴る。
「いいか、オレはな――」
寿は、今までの彼の人生をざっくばらんに教えてくれた――バスケットを中心に彼の生活が回っていたのだということを。
中学生の時、バスケットの全国大会で初めて安西先生と会ったこと。
その時にかけてもらった言葉が、とても印象深かったこと。
途中で怪我をして挫折を味わったけれど、バスケットはやっぱり続けたかったこと。
そして……安西先生への恩返しとして、全国制覇をプレゼントしたいということ。
……寿がこんなに色々なことを考えていたことを初めて知って、私は、自分の心がとても狭いように感じた。
彼のことなら、好きな食べ物も、癖も、機嫌がいい時の顔も、悪い時の顔も、何でも知っていると思っていた。それなのに、こんなにも重要な、寿の根幹にもなるような部分について全く知らなかったことにショックを受けた。まるで、寿の上辺だけを見て今まで付き合っていたみたい。こんなケンカまがいのことをしなければ知ることもなかったのかと思うと、悔しくも思う。
写真を眺めるほどだというのは想定外だったけれど、寿は、あの安西先生をとても尊敬している。そして、別に寿に好きな女の人ができたわけじゃないということが分かると、私はやっと安堵することができた。
「じゃあ、あの日見てた写真は、本当に安西先生の写真で、尊敬的な意味ってことね」
「ああ」
「まあ、今日の練習で安西先生の話を聞いてる時、寿、恋する乙女みたいになってたけどね」
「……あそこまで見てたのかよ」
宮城と何か話してるから変だとは思ってたけどよ、ときまり悪そうにする寿。そうして少し顔を赤くしたのを見て、なんだかかわいいと思ってしまう。
「でもさ、別に何もやましいことはないんだったら、あの日すぐに訂正してくれたら良かったのに」
「それは……さすがに引かれるかと思ったし……」
語尾になるにつれて声が小さくなっていくのが面白くて、私は「寿にもそういう感情あるんだ」とさらに茶化した。
「引かないよ、ちゃんと理由を教えてくれれば。てか、あの日、寿が引き留めにきてくれないかな、って思ってたんだからね」
「そうだったのかよ」
「うん、弁解もしないし、引き留めもしないし、実は結構悲しかったんだから」
「でもよ、それはおまえが『一人にさせて』って言ったからだろ? そういう時はむやみに構わない方がいいだろうし、オレにだってそういう時はあるしな」
「……ほんと、乙女心、分かってないよね」
「分かってる野郎の方が気持ち悪りぃだろ」
寿がやっといつもの調子に戻ってくれたからか、私は「ま、それもそっか」と呑気に返した。
恋人として、特別に甘く接してほしいとも感じるけれど、何だかんだ、ひとりの人間として接してもらえることが、一番の思いやりなのかなぁと思ったりもする。もしも寿が「一人にさせてくれ」と言ったら、私もむやみに構わないようにしよう。……やっぱり、私の方が我慢できなくて会いに行ってしまうかもしれない。
「ま、とりあえず、別に好きな人が出来たわけじゃないならよかった」
「好きな人って、おまえ……もしかして、それで怒ってたのか?」
顔を覗き込んでくるので、私は思いに耽るようなふりをして、遠くを見た。
「まさか先生の写真を寿が持ってるなんて思わないし、寿が強く言い返してくる理由も知らなかったら、普通、そうだって思うでしょ。寿が見てるのは、別の女の子の写真かもしれない、って」
「それって……ヤキモチか?」
完全に、ヤキモチだ。“妬いた”とは絶対口にはしないけれど、寿はうすうす気づいているのだろう。驚きの中にも、うっすらと喜びの感情が読み取れる。少し上がった口角が、からかおうかとそわそわしている。自分で言っておきながら、寿にそう言われるのは何か気に食わない。
このまま、かっこいいことに無自覚な寿の顔が近づくと私は耐えられないので「そういうことで、ほら、行こ」と軽く流した。
「ねえ、何かおごってよ。彼女を心配させたバツとして」
「おい、今までのは演技だったんじゃねぇだろうな」
「演技で寿にしばらく会わないでいられるなら、大したものでしょ」
そうすっぱりと言って、それから、寿の顔を見れば……彼の顔は徐々に赤くなっていった。「どうしたの」と訊けば、「あまりそう言うこと言うなよ」と。何か変なことを言ってしまったのかとと言葉を頭の中で反芻すれば……まあ、確かに、自惚れもいいところかもしれない。
いつもならば照れているのを無理に隠そうとするけれど、今だけはすべてを素直に寿に見せたいと思った。寿の過去と胸の内を明かしてくれたことが、不思議と私の自信になったから。
「ねえ、キスしてよ。仲直りのキス」
「はあ !? どーしてそんなことする必要があんだよ」
照れからそっぽを向く寿。その様子を見ると、とてつもなく安心した。
意地を張ったようにとがらせる唇が、何か言葉を付け加えようかとむずむずとしている。別にキスなんて今更恥ずかしがることじゃないだろうに、本当、そういうところがからかい甲斐があるというか。
「
夢子、さすがにここではしないからな」
「わかってるって」
それでも、いつかはしてくれるつもりなんだと思えば、嬉しくなった。念を押すようにジロリと見てくる寿に対して、ふざけた笑みを返す。そうして、「キスのかわりに」と手を差し出すのは「仕方ねぇな」と言いながら指を絡ませてくれるのを知っているからかもしれない。
最初に“大きな要求”をすると、本命の“小さな要求”を受け入れてもらいやすくなる――まさかそんな交渉術を使われているなんて知らない寿は、私に対して存分に魅力的な表情を見せてくれるのだった。
END