バスケットボールが、放物線を描く。
長身の体、そしてそこから伸びる長い手。大きな手のひらから軽々しく放たれたボールは、まるで目的地までの線路が丁寧に引かれているかのようにして、当然と言わんばかりにゴールネットをくぐった。
軽くジャンプしていた体はすぐに地面に足をつけ、それからほんの数秒後にゴールも地面を跳ねる。が、その人物には、我慢ならずに慌ててボールを取りに行くような様子は無く、落ち着いた仕草で服の裾を掴み、シュートの余韻に浸りながら汗を拭いている。それから振り向くと、誰かへと声を掛ける。
「いいの撮れた?」
先程まで激しい運動をしていたとは思えないほどの柔らかな笑みを、その人物は――仙道は浮かべる。首にかけているカメラを手で抱えていた
夢子は「うん」と満足げに微笑み返す。それは、仙道につられた笑みと、素敵な写真が撮れたという充足感の半々からくるものだった。仙道は「なら良かった」とこれまた眩しい笑顔を見せると、ほったらかしにしていたバスケットボールを取りに行った。
午後の日差しは熱い。そして、きらめいている――
青空の下、太陽の光を浴びながらゴールと向き合う仙道は、とっておきの被写体だった。彼が風を受けるたびに少し余裕のある練習着がたなびき、彼がシュートやドリブルをするたびに筋肉が躍動する。
目で見ればなんてことのない一連の動作も、写真として切り取ってしまえばそのどれもが美しい絵画のように思えた。歴史に名を残し、教科書の端々に参考作品として載っているような。
ふたりは木陰に隠れたベンチに座ると、もう夏になったんじゃないか、といったこの時期お決まりの挨拶をした。短いやりとりが終わると、
夢子は持ってきていた小さなクーラーボックスからよく冷えた飲み物を2本取り出し、1本を仙道に渡す。さんきゅ、と笑顔で受け取った彼は、勢いよくプルタブを起こした。
夢子もそれに続く。
いつのまにか汗ばんでいた手では、缶ジュースが未だに濡れている原因が結露なのか汗なのかわからない。それでも、喉を冷たい液体が駆け下っていけば、そんなことは気にならなくなった。
熱くて今にも溶けそうな体が、その冷ややかさで引き締められる。氷のようになってしまえば、再びじわりじわりと日差しで溶かされていくだけ。
やっと水にありつけた砂漠の迷い人のように、ふたりはしばらく言葉も無く真昼の輝くコートを眺めていた。
汗が落ち着いてきたところで、
夢子は今までに撮った写真を取り出した。
「今さらだけど、仙道君の写真を撮ると躍動感がすっごいの」
「……見して」
当然のように
夢子へと体を寄せる仙道。
夢子は、初めの頃よりは自分の動きがいつも通りに戻っているのを確かに感じながら、前回撮った写真を仙道にも見えるようにした。
バスケットボールプレイヤーとしての魅力が画面いっぱいに詰まった、その写真。写真や本、絵など文化系のものに興味がないように思える彼が、一体どのような感想を持つのかが
夢子は気になっていた。
だいたい5秒経ったら、次の写真を見せる。その度に「へー」だとか「おお」だとか、そういった何気なく口からこぼれてきた言葉がどうも耳にくすぐったい。「大体こんな感じかな」と
夢子が言えば、仙道は体を元に戻す。
「よくそんなにきれいに撮れるよな、写真」
飾り気のない言葉から滲み出た素直な感心が、
夢子には痛いほど伝わった。
「カメラの設定とかで、色々変わるんだけど」照れ隠しのために、
夢子は矢継ぎ早に言葉を続ける。「何でか、仙道君が被写体だと綺麗に撮れるんだよね」
「褒めてくれてる? オレのこと」
「褒め……てもいるけど、何か不思議な現象だってことを伝えたいの」
「……そっか」
それは、あくまで“自分はあなたに好意をもっていません=変な者ではありません”といった意志を伝えるための、
夢子のささやかな強がりだった。しかし、その言葉に対しての仙道の返事が、表情が、わずかに“期待外れだ”といった意を含んでいるように思えたのも確かだった。
すると突然、仙道は光の中へと戻って行く。勢いのあるドリブルでゴール付近へと近づくと、そのままレイアップシュートを決めた。仙道が最高点に到達した瞬間、“今、一番いい写真がとれるかもしれない”と
夢子は思ったが、手はカメラを掴もうとはしなかった。否、カメラを掴もうとして少しでも視線をずらしてしまうのが惜しいほど、目の前に存在する仙道が魅力的だったのだ。
今まではどうしてもカメラ越しに彼を見る必要があったが、やはり自分の目で直接見た方が何倍も刺激的に感じられる。カメラの小さな枠内に閉じ込められたプレイヤーも、レンズというフェンスを無くしてしまえば、幾分も広大なコートの上で自由に動き回ることができるような……ある種、写真を撮るがために彼を閉じ込め、彼のその伸び伸びとしたスタイルを台無しにしているような、そんな罪悪感さえ抱かされる。だからこそ、そんな枠をはみ出し、いまにも自分のコートにまで踏み入ってきそうなほどの躍動感を写真の中だとしても保つ仙道を、
夢子は不思議と尊敬してもいた。
「仙道君、バスケ上手だよね」
「はは、ありがとう」
何、分かりきったことを今更……帰り道、他愛ない話の中で思わず口から出てきた自分の言葉に対して
夢子はそう思ったが、他にうまい言葉が見当たらなかったのも事実だった。素人目に見ても、彼が上手だということは分かる。それは、彼がコートの中だろうとボールを持っていようといまいと決して自由な雰囲気を崩すことがなく、加えて、まるでルールが存在していないような態度を持っていることが理由でもあった。
写真ひとつでも、基本がどうこう、こういうのがいい写真だといったものは存在している。バスケットにもきっとそういった暗黙のルールは存在するのだろうが、それらを気にしないどころか大幅にそのレベルを超えたような姿が、
夢子には羨ましかった。彼を閉じ込めてしまうのは申し訳ない気がするのだが、それでも今は自分が彼の一瞬を切り取ってしまえるのだと思うだけで、
夢子は何者にも代えがたい優越感を味わうことができた。
***
夢子は校内新聞を発行する役割を担っており、その中でも掲載用写真の撮影を任されていた。趣味で持っている良さげなカメラと、「写真を撮るのが好き」と以前友人に話していたことがきっかけとなったからだ。
新学期にも慣れそろそろ梅雨に入ろうかという頃にもなると、インターハイ出場を決めるための県大会の様子や、新体制となった部活動の特集記事制作に取り組む。大抵は、インタビューを受ける部長や代表者のバストショットと、活動内容(練習や作業、あるいは直近の試合での活躍している様子など)を載せるのがならわしだった。
今までにも何度か
夢子が撮った写真が使われたことはあったのが、そのほとんどが静止した物ばかりだった。年季の入った愛着ある校舎や、春になれば綺麗な桜を咲かせるシンボル的な大木、入学式や卒業式など学校行事の様子……これらの業績があるからという根拠だけで、ただでさえ目で追うのも大変な運動部の活躍をうまく写真に収めることができるのかは疑わしかった。
決して、誰かが
夢子の力量を窺った訳ではなく、
夢子は自分のことを理解した上で不安に感じていたのだ。事実、趣味で撮るようなものも、遠巻きに眺めた風景だったり道端に咲いている花だったりと、動いたものを収めようと思ったことはなかった。
夢子は、手始めに車や電車、あるいは噴水などそういったものをレンズ越しに覗いてみたが、どれもいまいちピンとこなかった。それらにも確かに勢いはあって、静止しているものよりもいくらか技術を必要とはするのだが、どうも違う気がする。
一定の速さを継続するものではなく、爆発的なほんの一瞬の速さ、勢い、人の筋肉の感じ。人工物が生み出したものではなく、人の持つその感じだとか、高校生のはじけるような元気な感じだとか、そういったものを求めていた。
自分の理想が分かった
夢子はひとまず自分が何をするべきかを理解したはいいものの、いざ行動するとなると難しい。「練習風景を撮らせてください」とこれから言って、許可がもらえるだろうか。これから試合に向けて大切な時期を迎えるというのに、そんなことをされては気が散ると断られるのではないだろうか……まだ行動にも出ていない
夢子だったが、当然のように出てくるいくつかの断り文句が頭の中をぐるぐるとするだけ。
しかし、そうは言っても、自分に与えられた仕事はしっかりとこなしたい。今年の春に卒業した先輩の仕事を引き継ぎ自分に与えられた新たな役割を、責任を持って果たしたい。新聞を手にする人に、それぞれの部活の頑張りや様子を新鮮そのまま伝えたい。
……意を決した
夢子はひとまず体育館へと向かい、今日ここで活動する部活に許可を求めることにした。
丁度、男子バスケットボール部が練習中だった。ドリブルやバスケットシューズの音が聞こえてきた時点で、
夢子は少し残念に思っていた。というのも、男子バスケ部の監督は、厳しそうな雰囲気をしているからだ。下校途中、監督のものらしき怒声が聞こえてきたという経験もあり、
夢子は心の中では“どうか男子バスケ部ではありませんように”と願っていたが……こういったささやかな願いは、案外届かないものらしい。
わずかに開いている体育館の扉から中を覗けば、今のところ監督らしき姿は見当たらない。が、後々やって来るだろう。どのみち監督からの許可が必要なのだと思えば、来たる交渉の時に備えて
夢子の胸が鼓動を早くする。
このままでは心臓がもたなさそうなので、それならいっそ早く来てほしい。だけれども、一体どのような話をするのかといったことを考える時間も欲しい……首から下げたカメラを、
夢子は汗ばむ手でぎゅっと掴んでいた。
「
夢野じゃないか」
不安な背中に声を掛けたのは、クラスメイトの仙道だった。聞き覚えのある声に振り向いた
夢子は、見覚えのある顔に安堵する。
「仙道君……」
「何だよ、そんな顔して。バスケ部に何か用?」
「広報の方で、ちょっとね」
「広報って、ああ、校内新聞のやつか。それじゃ、バスケ部に取材? あ、撮影か」
「そう、撮影、なんだけど……」
どうもはっきりとしない態度のクラスメイトを見て、仙道は不思議に思った。
何か後ろめたいことでもあるのだろうか。まさか、以前撮った写真をどこかに無くしてしまったとか? いや、それはわざわざこんな顔をしてまで謝りに来ることではないだろう……目線を上手く合わせられない
夢子のいつもとは違う様子を見ながら仙道はいくつか考えたが、どれも正解ではなさそうだった。
「……あの、実は――」
しばらくの無言の後に言葉を発した
夢子は、事の顛末を正直に話した。ダメもとでも言ってみなければ、物事は前進しないと思ったからだ。
そして、この話を終えた後に驚くことになったのは仙道ではなく、なんと
夢子の方だった。大した問題でもない、といったふうに「オレでよければ撮ってくれよ」と仙道は言いのけたのだ。
「丁度、これから自主練するしな」
「え、どこ行くの」
あまりにもとんとん拍子に進みすぎた話。そして、さも当然といった様子で体育館の外に出ていこうとする仙道。すっかり、これからここでバスケ部の練習が始まるとばかり思っていた
夢子は、目の前の出来事に上手くついて行けなかった。
「ちょっと離れた所にバスケットコートがあるんだよ」
「そうなの? でも、バスケ部の練習は? これからなんでしょ?」
「いや、今日は自主練だから出ても出なくてもだいじょーぶ」
……本当は、自主練でも何でもなくいつも通りにバスケ部の練習は始まるのだが、
夢子は仙道がついた嘘を信じきってしまい、「そうだったんだ」と表情を明るくした。
「でも、体育館に来てたってことはここで練習するつもりだったんじゃないの?」
「……あー、そのつもりだったけど、気が変わった。それに、ここだと都合が悪いだろ?」
仙道が言葉に何か意味を含ませていることに気づけば、この男がモテるのはこういうところなのか、と
夢子はひっそりと思った。妙なところで気がきくのだ。そして、彼なりに気遣ってくれたとなれば、素直に受け入れる以外選択肢は無い。
夢子は「ありがとう」と、これまた彼女なりに言葉に含みを持たせて返した。
一緒に校門を出るとこれまた面倒なことになると判断したふたりは、学校を出てしばらくしたところの交差点付近で落ち合うことにした。まるで芸能人のような行動への気の使いように、
夢子は仙道のすごさを感じた。
無事待ち合わせを成功させると、仙道のみが知るバスケットコートに向けて歩みを進める。
「よく行くところなの?」
会話の流れでふと生まれた疑問を
夢子が口にすれば、仙道は「まあな」と返す。
「オレの秘密の場所」
そうわざとらしく言って、
夢子にいたずらっ子のような笑みを見せた。
***
「いいなぁ」
恐るおそる、自分が撮った写真を初めて仙道に見せた
夢子だったが、彼のもらした感嘆のおかげで肩の力が抜けてしまった。まるで他人事のような感想に、そのまま笑ってしまう。
「いいも何も、モデルは仙道君なんだよ」
「そうだけどさ、何かオレじゃない感じがするだろ」
仙道が写真について詳しいとは思っていなかったが、彼に褒められるのは
夢子にとってどうにも嬉しいことだった。
実のところ、
夢子は仙道に対してかすかな苦手意識を持っていた。彼の、誰に対しても明るくフレンドリーに接する姿が、彼女にとっては眩しかったのだ。
クラスどころか学年を超えて女子の話題に上がることもしょっちゅうで、それは仙道がイケメンであり、かつ好意を抱かせるような人柄を持ち合わせているが故のことだった。誰も直接仙道に対してアクションを起こそうとはしないのは、女子が互いに牽制し合っているせい。そして、何となく、彼には年上の恋人がいそうだという、ありきたりで根拠のない女子の勘のようなものが作用していた。
ファンクラブ設立の話題さえ上がっている仙道とそんなこんなで親しくしていては、いつか仲間外れにされたり、嫌なことをされたり……そういった、これまたありきたりな嫌な予感を
夢子が抱くのも当然のことだった。
しかし、今回の件をきっかけに、ただのクラスメイトよりも踏み込んで接してみれば、思ったよりも悪いものではないと
夢子は感じた。余計な噂が立たないようにと学校外のバスケットコートでの撮影を促したり、気楽な友人関係のように気軽に撮影を許可したり。撮影を盾にしてこの関係の正当性を示せるのも、かえって良かったのかもしれない。
……こういった心理面の細々とした厄介なことを互いに明かすことはなかったが、仙道の方も何となく、
夢子が何らかの葛藤を抱いているということには気づいていた。そして、彼が妙に気がつく理由へとつながっていくのだ。
「もしまた練習したいなら、いつでも付き合うぜ」
だからこそ、その言葉は
夢子の動きを固まらせた。
広報のための写真撮影の練習を素直に受け入れてくれているというなら、嬉しいことこの上ない。
夢子が知る限り学校生活の中で仙道が不満を言っている場面を見たことは無かったので、こういった相手を安心させ喜ばせるような言葉も彼の性質から生まれた自然なものなのかと思った。つまり、他意はないということ。
しかし、
夢子は、この言葉を安易に受け入れてしまっては、校内で変な噂が立つ可能性を大幅に上げてしまうような気もしていた。そして、自分の中にいつか生まれるであろうと思われる気持ちに対して恐れてもいた。
「仙道君は練習で忙しいでしょ、それは申し訳ないよ」
「これも練習だけどな」
「そりゃそうだけど……わざわざここまで来てもらうってのがさ。元からここで練習するつもりなら都合がいいけど」
「んー……」小さな声を発したかと思えば、仙道はしばらくしてから「じゃあさ」と言葉を続けた。
「もしここで偶然会ったら、その時は撮影会ってことで」
いい案を思いついた!、とでも言わんばかりの仙道の顔に、
夢子は自分の中の凝り固まった感情を動かされた感じがした。ぐらついた感じがする、というのが正しい表現だろう。
「……いいの、それ」
耐え切れず口からこぼれてきた声を、
夢子は慌てて止めることもなかった。仙道は、自分の考えに肯定的な声が返ってきたことでさらに気を良くする。
「ああ。オレは気分でコートに来たり来なかったりするし、
夢野もこっちの方に用事があるときだとか、写真……いや、オレをどうしても撮りたくてむずむずしたときにしか来ない。これだったら、遠慮も何もないだろ?」
“写真”ではなく“オレ”と言い直したところに、
夢子は仙道のユーモアを感じた。
「気分任せってわけだ」
「そう。だけど、オレの方こそ、撮られたくて毎日通ったりしてな。コート」
「それじゃ、偶然じゃないじゃん」
「あはは、そうだな」
仙道が笑いながらも納得のいく提案をしてくれたことに、
夢子は心がすっきりとした。何か他に意味を持たせようとしていないのも、自分が物事を複雑に捉えているのを馬鹿馬鹿しいと思えることができ、かえって良かったと
夢子は思った。
しかし、一方で、偶然ではなく無意識のうちにこの場所に向かうようになっていたら……その時はどうしたらいいのかと思う気持ちもあった。
深入りしてしまうことを恐れるあまり、他に誰か撮影練習に協力してくれる人を探そうかと思っていた
夢子ではあったが、こんなやりとりをしてしまえばまるで自分は仙道の専属カメラマンになったように思え、他のモデルを今更探すというのも気が引けるのだった。
***
「また今度」が何度か繰り返されれば、時折行われる撮影会は順調に回数を重ねていった。初めは、偶然では回数が少なすぎるだろうし、だからといって毎日通うのも変に思われたら困ると思っていた
夢子も、本当に自分の気持ちを頼りにしてみることでタイミングよく撮影会を迎えることができた。自分の気持ちに素直になって、今日は写真を撮りたい、あの生き生きとした仙道を撮りたい、そう思った時にコートに向かえば、不思議とその少し前の道で仙道と出会うのだ。
「囚われの仙道君」
立派に題名を付けた写真を、
夢子は誇らしげに仙道に見せた。休憩がてらベンチに腰を下ろした仙道は、脈絡のない
夢子の言葉に疑問を抱く。
「何だそれ」
「この間、帰る時に撮ったの。フェンスの金網がいい感じでしょ。それに対比する、仙道君の躍動感」
思わず、勢いよく言ってしまった
夢子。しかし、それに対してあまり乗ってこない仙道の様子。彼がしばらく無言でいるのを見て、
夢子は内心焦った。さすがに気分を悪くしてしまっただろうか。
「この間……? この間って、いつ」
「えっと、先週の水曜日、かな……」
何かを指摘するために、少しずつ問い詰められている感覚に近い。
夢子は冷や汗を流してしまいそうなところで、仙道は呑気に「そっかー、オレ全然気づかなかったな」と笑った。その言葉に、
夢子は救われた気持ちになった。
すぐに私に気付いて、そして撮影会を期待して毎日コートに通うような、そんなのは仙道じゃない。そして、いつまでもレンズ越しにしか仙道と向き合えないのが私だ……その思いを裏付けてくれる仙道の言葉は頼りになるものであるはずなのだが、どうしてか今の
夢子にはほんのちょっとしたトゲが刺さったように感じられた。
「ごめん、盗撮だよね、こんなの」
「いやいや、ちゃんと撮影に協力するって言ってんだし、
夢野がいい写真が撮れると思ったらその時に撮った方がいいさ」
「……そう、言ってもらえると助かるよ。ほんと、ありがとう」
仙道の言葉と態度にじーんときた
夢子に、仙道は「そんなにしんみりするなよ」と茶化した。
「オレだったら、こんなのぜってー思い浮かばねぇもん。こりゃ、今度から先生って呼ばなきゃな、
夢野先生」
「やめてよ、そんなすごいものじゃないし、何か恥ずかしいし……」
「いーや、こんな写真が撮れるのはすごいことだって、自信持った方がいいに決まってる」
「そ、そうかな」
「もちろん。俺のお墨付き、だしな」
そうして笑う仙道。
夢子は……その笑顔に本音が滲み出ていればいいと思うしかなかった。
フィルムに映し出されていく、仙道の写真。その中には、こっそりと撮った、彼の何気ないふとした表情を捉えたものが少しずつ増えている。
そして、増えていく写真に重なるように――
夢子の心の中でも、仙道への思いが募っていくのだった。
END