「ねえ、もしかして……ドクター、翠と……」

 夢子がそう訊いたのは、自らの勘を否定してほしいという願いからだった。
 嘘であってほしい、間髪入れずに否定してほしい。考え得る最悪の事態をあえてジョナサンに提案したのは、それを笑い飛ばしてほしかったからだ。
 しかし、返ってきたのは、残念ながら否定ではなかった。
「……ああ、多分夢子の想像しているものだ。詳細まではさすがに言わなくてもいいだろう?」
 余裕ぶった、変に色気づいた言葉。そこから感じられる背景の生々しさに、夢子は目を閉じ、耳をふさぎたくなった。
 思えば、ジョナサンに対するドクター翠の様子が変わった。
 言葉が、抽象的でありながらジョナサンたった一人だけのものになった。その指先が、そっと絡みつくようにジョナサンに触れるようになった。その瞳が、別のジョナサンを求め、浮かべるようになった。
 ……夢子はすべてに嫌悪し、この現実はきっと悪い夢なのだと思いたくなった。だが、ジョナサンがつまらない嘘などつかないことはこれまでの関係の中で痛いほどに知っていて、どこか夢子を軽蔑するような視線は、これらが事実であることを嫌というほど教えてくれていた。
「いいの……? ジョナサンは、それで……」
「いいも何も、するべきことをこなしているだけだろ? オルファンは伊佐未ファミリーだけのものではない。ドクター翠に取り入ってしまえば、後はどうとでもなる」
「だけど……」
「だけど、何だ。……は、まさか、気に食わないとでも言うのか? 俺が主導権を握ろうとしていることが? それとも――」

 ドクター翠と男女の関係にあることが?

 ――夢子は思わず平手打ちをしてしまっていた。頬を抑えて、乱れた前髪から覗くジョナサンの目のいやらしさに、夢子は涙が出そうになった。
 彼女が手を出したのは、当然の反応であり、正当防衛だった。夢子の耳元でささやいたジョナサンの声には、「おまえもそうしてやろうか」といった下劣な意志が滲み出ていたからだ。 
 ジョナサンは、何でもなかったかのようにひとつ息を吐く。
「優等生ぶるのもいいが、ほどほどにな」

 こんなのは、ジョナサンじゃない!

 ……夢子が心の中でどんなに叫んでも、目の前の人物の行動が嘘だという事実はどこにもなかった。好意を寄せていた彼の知りたくなかった一面を覗いてしまったおかげで、彼女は失望と共に苦い感情を味わうことになった。
 そんな夢子の様子を見て、ジョナサンは困ったように笑う。
「そんなに睨むなよ。これでも俺はアンタのことを気に入っているんだがね」
 その言葉を投げかけてくれるのが、ドクター翠との関係性を知る前であればどれほど良かっただろうか。それとも、自惚れてしまう前に彼の本性を知ることができて、かえって良かったのだろうか。
 自然と潤み出した視界に、夢子は彼を映したくなかった。そのことに気付いたジョナサンが何も言わず、慰めとしてすり寄ろうともせずに目の前から立ち去っていくのを感じて、夢子は一層むなしくなった。


END