※性的表現
助手席の夢子の視線の先には、自動販売機があった。街灯がひとつしかない広い駐車場で、ぼやけた光を放っている。
「あのコ……恭子ってコ……」
「……」
「啓介、本当は気になってたんでしょ」
光に群がる羽虫から目を反らすように、夢子は彼を見た。
「どうして断っちゃったの? 可愛いし、車のことにだって理解があるし」
お似合いだと思ったけど――そう夢子が言ってしまえば、啓介は彼女の口を塞いだ。舌を潜り込ませて、彼女の口から出ようとする言葉を全て絡め取ってしまおうとする。強引な唇が離れると、夢子は目を白黒とさせていた。
「なに、急に……!」
「……そういうこと言うなよ」
啓介は窓の外を見た。
「俺だけなのかよ……夢子と付き合ってるって思ってるのは」
そのまま、「クソッ」と小さく吐き捨てた。
「……こんなこと言うつもりじゃ……は、ダサいな、俺……」
「そうじゃないよ」落ち込む啓介の手に夢子の手が重なる。「私の方こそ、正直嫉妬してた」
思わぬ言葉に啓介は嬉しくなる。だが、喜びでにやけた顔を見られるわけにもいかず、このまま夢子がどう出るのかを待つことにした。
サイドガラスには、街灯のわずかな明かりで照らされた夢子の顔が浮かんでいる。
「啓介だって、あのコに詰め寄られて満更でもないって態度とってたから。口では硬派ぶってるけど、顔はデレデレしてた」
「嘘だろ…… !? んなわけ――」
慌てた啓介は余計なプライドも忘れて夢子の顔を見たが、そこには「うん、ウソ」とケロッと言いのけた彼女の姿があった。
「啓介ってば怖いぐらいに真顔で、あれじゃ女の子は近寄れないなって感じだった。……だから、嬉しい」
「……」
「私のことは違う風に見てくれてるってこと?」
啓介の手に夢子の指が絡む。服の擦れる音だけが、静寂の車内に聞こえる。
「それとも、友達扱い?」
「……違う」
「じゃあ……期待してもいい?」
夢子はゆっくりと啓介の唇に口づけた。
「私だけだってこと、ちゃんと証明して」
啓介の瞳を見て、その手は彼の太ももの付け根へとのびていく。暗い車内の中うごめくマニキュアの指を見て、啓介は機嫌よく口の端を上げた。
「……そう急かすなよ……」
▽
ベッドの上、夢子は寝返りを打って啓介の横顔を見た。
薄い唇で咥えられたタバコの火の具合は、明かりの付けない部屋の中でよくわかる。彼が息を吸う度に強く赤が明滅して、うっすらと唇を開ければ白煙が部屋に広がった。
夢子の人差し指が啓介の頬を小突くと、ふたりは向き合ってにらめっこをする。ピクリと笑いもしない夢子に折れた啓介は、しぶしぶ起き上がって部屋の窓を開けた。
カーテンが風で広がって、夢子の元にも新鮮な風が届く。夜風はどこか生温く、まだ身体に残っている熱を冷ましてはくれないようだった。
啓介の金髪が揺れて、夢子にはその横顔が拗ねているように見えた。どんなに尖ってみせても、やはり彼はどこか子どもっぽいのだ。
「……楽しい? クルマの方は」
「ああ、まあな」
いつもは車の話は嫌がるくせに、今日は自分から訊いてくるところが変だと啓介は思った。そして、いつまでも掴みどころがない女だ、とも。
「……知ってた? その活動を頑張り始めてから、啓介ってばなんかちょっと乱暴って言うか、荒々しくなったの」
夢子の笑みが含む意味は啓介にもわかったが、彼は言葉遊びを楽しむ。
「悪い、嫌だったか?」
「ううん、なんかちょっといいってこと。……男の人って感じがして、ドキドキするの」
思わず、啓介はごくりと唾を飲み込んだ。手に持っていたタバコを空き缶の中に入れて、ベッドに戻る。
「ごめん、変なこと言っちゃった」
無自覚なのかわざとなのか、焚き付けるような態度を取る夢子は啓介をただ逸らせる。無表情の中に微かな苛立ちをにじませた彼の表情は、彼女の中の女をくすぐった。
「あれ……ちょっと、啓介」
啓介の手は、挨拶代わりに夢子の腰を撫でる。
「夢子にそんなにかわいいところがあるなんて知らなかったぜ」
そのまま断りもなく、ついさっきまで自分が入っていたところを指でなぞる。まだまだ熱は引いておらず、まるで待ちわびていたかのように彼の指を飲み込んだ。
しばらく指を動かしていればすぐに濡れ出し、水音が聞こえ始める。浅いところを撫でて焦らしては、我慢ならない彼女が腰をくねらせたところで深く指を沈めた。
「あっ、やだ……」
「強引なのがいいんだろ?」
「否定はしない、けど……!」
覆いかぶさるように、啓介からキスをする。まるでこれ以上彼女に何も話させはしないかのように、熱い舌を入れて重なった。
▽
再び汗を流した二人は、乱れたベッドの上で言葉も無く触れあっていた。
彼女の思わぬ誘惑に引き返せなくなったからか、それとも彼女の言う通りプロジェクトDのせいなのか。……明確な答えは出さずに、啓介は夢子に触れていた。
正直なところ、上手い言い訳を見繕っていつまでも彼女に触れていたいだけだった。若さゆえに溢れ出す力が、何度でも彼女を求めようとするのだから。
不意に、夢子が笑った。
「ふふ、お疲れ様」
「……何だよ」
「頑張ってるから」
ふてくされた啓介の頭を、まるで子どもにでもするように夢子は撫でた。
「……だから、啓介にはずっとクルマのことを頑張ってもらいたいっていうか……でも、そうしたら今みたいに滅多に会えないままだね」
「そうだな……」
「でも、何かに熱中しているところ、いいと思う」
「……」
「私は二の次、みたいなところがね」
そう言う夢子の顔は、どこか嬉しそうだった。
2025/6/7