「最近、機嫌良さそうにしてるよね」
「そうか?」
何でもないように言葉を返したヤマサキを見て、
夢子は怪しんだ。
窓口係の控室内に、コロニー開発公団の次官としての特権を使って休憩と言いつつ入り込んでいるヤマサキは、『火星の後継者』に所属する科学者でもある。生体ボソンジャンプの鍵として拉致してきたA級ジャンパー<ミスマル・ユリカ>――演算ユニットとは言っても、一女性を裸同然にしておくのはどうなのかということで布をあてがうことになったのだが、その具合がどうも彼の好みだったのだ。潔癖の石膏の女神に羞恥心を与えることができたようにも思えて、彼の歪んだ嗜好を突いた。
何より研究がはかどるし、一人の男としても眼福だし……ということで、ここのところ良い気分でいた。だが、そんなことを知る由もない
夢子は、女の勘でヤマサキの異変を敏感に感じ取っていた。
まるで自分の席であるかのように他人のデスクチェアに腰掛け、何かファイルに目を通している彼を見る。研究関連、いや、日常的な部分でも彼はかなり個性の強さを発揮するのだが、その見た目か、はたまた立場からか、コロニー内でも女性の噂に立つことは多い。
「何、嫉妬」
だが、直接そう訊かれて、「うん、嫉妬してる」などと言ってしまえるほど
夢子も正直ではない。
「そんなわけないでしょ」
「ふうん」
「何よその顔」
「いや?」
ヤマサキはファイルを閉じたかと思えば、立ち上がって
夢子に近づく。その表情がどこか悪巧みを連想させるからか、
夢子は後ずさりする。
「な、何」
突然のことに驚く
夢子は疑うような目でヤマサキを見たが、彼は気にせず彼女を抱き寄せた。
「
夢子」
まるで口説き落とすかのような甘い声で彼女の名前を囁く。不覚にもときめいてしまった
夢子は、そんなことを悟られないようにと反抗した。
「やめてよ、こんなところで」
「いいから」
好きな彼の匂いがして、
夢子の鼓動はどんどんと早まっていく。体中が熱くなって、思っていることと口にしていることが正反対なのだということがすぐにバレてしまいそうなほどに。
だが、彼女の鼓動を早めるのは、抱き合っているこの場所が原因でもあった。
今は
夢子が休憩の時間のため、他の窓口係の同僚は出払っているが、誰かが何かを取りに戻ってくる可能性はある。加えて、この部屋は資料室からあぶれたものを置いているちょっとした資料室の役割も果たしているため、窓口係以外の人物が入ってくる恐れもあるのだ。
ヤマサキがこの部屋に入ってくる度に
夢子はこのことを毎度毎度言うのだが、その度に彼は「バレたらバレたでいいじゃない。別に悪いことしているわけじゃないんだし」と呑気に言ってのける。そうして、しばらく会えなかったから、今度出張があるから、などと理由を付けて職場であろうとお構いなしに会いに来るのだ。
関係について明言しないくせに、どこか期待させるような態度を取るヤマサキのことが、
夢子は大嫌いで大好きだった。
好きな人から触れてもらえるというのは悪い気はしないが、それはそれ、これはこれである。誰かに見つかるかもしれないという状況では、そんなスキンシップも気が気でなくなってしまう。
「こんなに興味深い反応を見せてくれるなら、
夢子のことも研究しておくべきだったかな」
「冗談言わないでよ。私は研究材料じゃないんだから」
どこまでも研究バカなんだから、と思いながらもそんなところも好きで、何だかんだヤマサキにされるがままになっていた。
ふたりきりの甘い時間を堪能しようかというところで、電子音が鳴る。発生源は、部屋に備え付けの電話だった。
夢子は慌てて受話器を取った。
『あの、そちらにヤマサキさんいらっしゃいますか?』
どうしようかと思った
夢子がちらりとヤマサキの方を見れば、それで勘付いたヤマサキが
夢子から受話器を取った。
「ヤマサキだが」
『あ、良かった。ヤマサキさん、またそこに行かれてたんですね』
「見たい資料があってな。で、用件は」
『それが、アズマ准将がヤマサキさんをお呼びなんですよ。何だか怒っていらっしゃるようで……すみませんが、お願いします』
「わかった、機嫌取りしてくるよ」
少し冗談を滲ませたように笑うと、ヤマサキは受話器を置いた。会話の内容は
夢子には全てを理解することができなかったが、彼がこれからここを出ていくのだということは分かった。
振り向いたヤマサキは、
夢子の顔を見て「残念だな」とわざとらしく悲しそうな顔をしてみせる。
「そう? 私はそうでもないけど」
夢子が平常ぶってそう言えば、ヤマサキは「連れないこと言うなよ」と笑った。
「仕事が一番だし」
「いや、
夢子の顔には『残念だ、もっと』って書いてある」
図星を付かれてドキリとした
夢子だが、顔を反らし気味に「嘘言わないでよ」と否定する。そうして、彼が「はいはい」などと全て見透かしたような返事をして、何だか遊ばれているような感じがするのもいつものことだった。
「それじゃ、また今夜。いつものところで」
それだけ言うと、ヤマサキはそのまま部屋を出て行ってしまった。当然、約束をしていた覚えはない。だが、突然加えられた予定が今日の一日をとてつもなく楽しいものにしてくれて、その度に彼への好意を噛みしめることになるのも事実だ。
夢子は意味もなくデスクチェアに座ると、用も無いのに、先程までヤマサキが見ていたファイルを開いた。
END