※性的表現
「わっ」
食材の詰まったビニール袋をテーブルの上に置いた
夢子は、何気なく見たリビングの人影に驚いた。
「なんだ……もう帰ってたの」
明かりも付けず、まるで亡霊のように立っていた櫟士は、
夢子の声を合図に暗闇から出てくる。しかし、彼が言葉で何かを伝えることは無かった。
元々口数が少ない方なので、珍しいことではない。食材を棚の中に入れ終わった
夢子は、櫟士の顔を見て機嫌良さそうに微笑んで見せた。
「何、何かあったの?」
「いや……何も」
「そう」
流9洲で賭けボクシングで稼いでいる櫟士が怪我をするのは日常茶飯事のこと。だが、部屋の明かりも付けられず、喋ることも出来ないほどの怪我を負ったのかと
夢子は一瞬不安に思ったのだ。杞憂で済んだのならそれに越したことは無い。
「今日はさ、貰い物の野菜があるからスープでもつくろうか」
「……ああ、頼む」
こういう時、どうやって自分の気持ちを伝えたらいいのか櫟士は悩んだ。
夢子はこれから料理をするだろうし、一人で済ませてしまった方がいいだろう。だが、視界に
夢子が入るとそれも選択肢から消えてしまう。今日は特段、そんな気分を消せそうにもなかった。
日中働く
夢子とは生活時間帯が異なり、なかなかふたり一緒に過ごす時間を設けることができないでいる。今日は珍しく昼間の内に試合が行われていたので、櫟士は
夢子よりも先に家に帰ることができた。
櫟士は悩みながらも
夢子の後ろ姿を見た。こうやってまじまじと彼女の姿を見るのも久しぶりだった。
ぼんやりとした記憶になりかけている母親のことを思い出し、それからぴったりとしたシャツとズボンに視線が移動する。透けて見える下着の線が目についた。
同じ髪の毛なのに、どうして
夢子の髪はつやつやとしているのだろうか。――いつもそうだ、動きに合わせてさらさらと肩からすべり落ちて、汗で簡単に束を作ってしまう。
命のやり取りをする試合をした後だからか、櫟士はどこか自分がギラギラとしている気がしていた。そして、その持て余したエネルギーが一体どのような形で解放されていくのかも知っていた。
すぐそこにいる
夢子はどこかしこが柔らかそうに見えて、先程まで殴り合っていた男とは何もかもが違って見えた。そして、違うのだということを今までの経験で十分に知っている。
ふたりの間柄であれば、触れてしまうことに大した遠慮はいらない。だが、今の櫟士には、一度触れてしまえば彼女をどうにかしてしまうのではないかという恐れがあった。幸せを体現したような彼女の存在を、この手で苦しみへと引き込みそうで、それが怖かった。
だからこそ、彼女の動向を暗闇から見ていたのだが、まだ青い
彼には我慢できるはずもなかった。申し訳ないと思う感情が、自分で自分を制御できないと感じるほどの欲望が、彼をさらに逸らせる。
後ろのテーブルに置いていた食材を取ろうとして振り向いた
夢子は、いつのまにか後ろに立っていた櫟士を見て「うわ、びっくりした」と驚いた顔をしてみせた。
「危ないでしょ、何か用?」
そう言って櫟士の顔を見上げた
夢子は、言葉を止めてしまう。表情まで固まったのを見て、今までの態度は決してわざとではなかったのだということに彼は気付いた。
「……どうしたの」
だが、
夢子は悩んでいた。そんな彼女を丸め込むように、櫟士は腰に腕を回す。ゆるく腰を動かして、弾力のある臀部に固くなったものを当てた。
「……勝った」
「おめでとう」
つまり賞金が手に入ったということでめでたい会話なのだが、お互い気が気ではなくそんな雰囲気は無い。どこか上の空に会話をしている。そうして、ご褒美に欲しい、と言わんばかりの櫟士の行為は続けられる。
「もっと早く言ってくれれば、外食にしたのに」
そう笑う
夢子だったが、どこかぎこちない。
彼女も彼女で、彼の扇情的な表情にある種の危機感を覚えていた。このままだと、めちゃくちゃにされてしまうと。だからこそ、わざとらしく話を反らそうとしていたのだが……
「お腹空いてるでしょ」
今は
夢子を食べたい。
そんなギザな言葉が櫟士の頭の中を駆け巡ると、彼はいきなり口づけた。
夢子もどこか予想はしていたが、それでも突然のことに鼻から息が抜けていく。
まるで捕食してしまわんばかりのキスに、
夢子は逃げようとした。しかし、櫟士の手が彼女の後頭部をがっしりと抑え、キッチンの棚と自分の体で挟みこむようにして逃げ道を奪ってしまう。閉じ込めて、自分のものにしてしまおうとしていた。
舌を入れ込み、遠慮なく絡まる唾液。柔肌を這う、かさついた手。
夢子の苦しそうな息が聞こえたところで、櫟士は顔を離した。
ふたりの間を銀糸がつなぎ、その間も櫟士の視線は
夢子の瞳からずれることはない。気後れした
夢子は恥ずかしがるように視線を反らしたが、それがもどかしい櫟士はもう一度顔を近づけると今度は優しく口づける。
夢子が少し気を許した隙を狙って、櫟士は服の下へと手を沿わせた。なだらかな皮膚を伝いのぼり、胸元のふくらみへと触れようとした時、彼の手は制止を受けた。
「だめ……! シャワーだって浴びてないし……」
「構わない」
「私が気にするの!」
それらしいことを言ってやめさせようとする
夢子だが、一番の理由は“このまま抱かれては危ない”という予感が占めていた。
だが、男からすればそんな女の感情の機微など知ったことではない。目の前の素晴らしい状況を無視して、素直にお預けを喰らっていることなどできるはずもないのだから。
櫟士は強引にも
夢子を抱き上げると、そのままベッドまで運んでいった。壊さないようにそっと彼女を下ろすと、覆いかぶさるようにしてキスの続きをする。柔らかな唇の感触を味わいながらも、服を乱雑に脱がしていった。
息が上手くできない
夢子は、身動きも取れなくなる。だんだんと自由を奪われていく感覚に、心が波立った。好きな相手からの口づけだというのに、これから好きな相手と体を重ねるというのに、心がざわざわとする。
下着だけにされたところで、櫟士が自分の服を脱ぐ。肩で息をする
夢子はその様子を見上げていた。
カチャカチャとベルトの音が聞こえれば、嫌でも膝をこすり合わせてしまう。すっかり組み込まれてしまった癖に気付いた櫟士は、ほくそ笑んだ。
そうして、シャツも脱いで下着一枚だけになる。その姿を見て、
夢子はまるで彼にその体を見せつけられているような感覚に陥った。
日々その体で生活しているだけあって、鍛え上げられた体である。無駄がないように備わった筋肉は自分には無いもので、触れればどんな感触がするのかということは知っている。そして、自分を守ってもくれるその体の見た目も好きだった。
だが、今日は違う。荒々しい雰囲気も相まってか、その体つきは恐怖の対象となってしまっている。恋人としてこの体を預けるというよりも、捕食者に全てを奪われてしまう、そんな怖さがあった。
部屋の明かりがついていないからか、櫟士の表情がわからない。荒い息遣いだけは聞こえて、
夢子は目を伏せた。
「やだ……」
いつもならば、拒否の言葉を伝えれば少しおっかなびっくりになって恐る恐る様子を伺うはずの櫟士が、今日は断行している。
夢子は恐怖心を覚えた。
「怖いよ……いちせ……」
向けられる、潤んだ瞳。自信無さげに震えた声。……櫟士は、やっと意識を取り戻した。
キスをして、
夢子の強張った表情をほぐしてやる。今度は、本当に彼女を思いやるような触れ合うだけの優しいキスだった。
「ずるい」
にらみつけるのも、櫟士からすればかわいいものでしかない。“ずるい”の意味は、彼にはよくわからなかったが。
夢子を抱き寄せ、耳元で謝る。
「怖がらせるつもりはなかったんだ」
「わかってる、櫟士はやさしいから」
櫟士の背中に、
夢子の腕が回される。
「……変だな、今日の俺」
「頑張ったからだよ。……お疲れ様」
「ああ……」
ふたりは、ベッドの上でゆっくりと横になった。
櫟士は、
夢子の柔らかな胸の中で目を閉じた。そうして
夢子の鼓動を聴いていると、だんだんと自分の中の昂ぶりが落ち着いてくる。
夢子は櫟士の髪を撫でながら、長い睫毛の添えられたまぶたに口づけを落とした。
2025/7/5