※現パロ?
肌寒さで目が覚めた。その原因はシーツからはみ出た体。そして、乱れた服。二度寝をするため、捲れたシーツを元に戻し、ぼやけた頭でもう一度目を閉じる。
……しばらくしてから、夢と現実が交じった頭の中がひとつの答えを導き出した。
「うそ !? 」
寝起き一番に大声を出した勢いそのまま起き上がり、見知らぬ部屋を見渡す。
清潔感があるというか、もはや生活感のないこの部屋は、私の家ではない。私の記憶に無い場所。
ふと、シーツの擦れる音がする。横を見てみれば、ベッドにはもう一人、褐色の肌に銀髪の男の人が寝ていた。
見える限りでは何も着ていなくて、なお且つ当たり前のように眠っている。けれど、知り合いにこのような人はいないし、この人誰が一体誰なのか全く見当がつかない。
と、いうことは。
……きっと、まだ夢の中なんだ。見たこともない部屋で、知らない人と同じベッドで寝ているなんてありえない。寝起きすぐの使えない頭を必死に働かせてみても、こうなるまでの記憶が出てこないし。
引っかかるとすれば、このベッドの柔らかさが恐ろしくリアルに感じられること。体の重みをやさしく包み込んでくれていて、自分の意思でシーツを触って感触を確かめることができる。
こんなに素敵なベッドで横になれることが夢なのは惜しいけれど、今日も早く起きないといけないことを思い出した。ああ、私って、夢を自由にコントロールできるんじゃん!
……なんて、可能性を見出しつつ再び目を閉じようとした時、
「よく眠れましたか?」
低く、落ち着いた声が聞こえてきた。
びくりとして再び横を向けば、隣で寝ていたはずの男の人がこっちを向いている――その顔を見て、私の胸は跳ね上がっ――かっこいい、なんて言葉じゃ足りない。寝ぼけた頭に雷を落とすほどの、端正な顔立ちだった。
これって、まだ夢の続き? 現実と夢、どっちなのかさっぱり分からないせいで、どうしていいのか分からない。現実なら、よく眠れはしたけれども……
「あの、あなたは……」
私の口は、目の前の状況を把握することにしたようだった(と言っても、私の意思で訊いたのだからやっぱり現実かもしれない)。
謎の男の人は口の端を上げて「忘れたとは言わせませんよ」とだけ言った。まるで、私がこの人のことを知っていることを確信しているみたいに。
けれども、ちょっと待ってほしい。忘れたというか、この人に関する記憶が私の中に存在していたようには思えない。そもそも、妖しい笑みさえもが様になるようなイケメンを私が忘れるはずがない。絶対に。
「昨夜はあんなに楽しんだというのに」
骨張った指は、私の首元を差していた。どういうことなのか意味が分からない、と顔で訊き返せば、次は私の左を指差す。見れば、簡易的な明かりの付いたドレッサーがあるけれど、鏡で自分の首を見てみろってこと?
壁の近くに移動して、指示された通り自分の首元を鏡で見てみる。
うそ、これって……!
……って、何もないじゃん! 意味ありげなことを言っていたものだから、“そういうこと”なのかと思って焦りながら見たのに。それなのに、鏡に映ったのは何の変哲もない親しみ深い自分の首。今すぐ多くの人に見せびらかしても何も恥じることが無ければ恐れることもない、ただの私の首が映っていた。
どうも馬鹿にされているような気がして鏡越しに男の人を見てみれば、口元に手を当てて笑ってるし。
「あの、ここはどこなんでしょうか」
「ホテルですよ」
そう答えた後、「もちろん、ビジネスですが」と付け加えた時の思わせぶりな笑みを、私は見逃さなかった。その意味するところも気になるけれど、それはひとまず置いておく。
とにかく、ここまでくればこれは現実であることは確か。けれど、それ以前にどうやってこのベッドに辿り着いたのかが謎だし、そもそもこの人が誰なのか本当に分からない。“ビジネス”“仕事”、この単語が妙に頭に引っ掛かってモヤモヤする。
そんなところで、男の人は答えのようなものを口にした。
「一緒に食事をしたところまでは覚えています?」
食事、食事、仕事……あ! そうだった!
私は、この人にインタビューするために出張しているんだった。
――“近頃急成長しているネスツ社に、その秘訣を聞く”という内容の取材で、私とこの人は出会った。急成長しているぐらいなのだから、会社の顔として対応してくれる人はきっとバリバリ仕事ができる人なんだろう。そんな人と話すなんて緊張するな、なんて思っていた私は、この取材に対して身構えていた。
当日、ネスツ社の一室に定刻どおりやって来たのは想像通りの人だった。身長は高く、スタイルの良い体でスーツを着こなしている。加えてオールバックとなれば、威圧的な印象が彼を取り巻く。
目を合わせて挨拶をすれば、その目の冷たさに思わず顔が引きつった。別に、初めて会った私を嫌っているわけではないと思いたいところだけれど、睨んでいるのかと思ってしまうような表情に私は愛想笑いをしながら言葉を交わすしかない。どうも雲行きが不安だなあ、どうなることやら。
……なんて思っていたのも束の間。取材を進めていくうちに、意外とユーモアに溢れた人なんだということに気付く。
硬くなっている私を見計らってか、質問には詳しく答えながらもジョークをはさんでくれた。「こう見えて育児が趣味なんです」とか「北の方の出身なのにスキューバダイビングが得意なんです」とか。雰囲気に緊張していた私も、自然と笑うことが増えて行った。
そして、緊張がほぐれてさえしまえば、目の前の人がとてもかっこいい人なのだということに気付いてしまう。ただ鋭いだけに見えていた目もクールな感じだし、すっと通った鼻筋は端正そのものだった。形のいい唇と、オールバックから一房だけ垂れた前髪は色っぽいし……なんだ、役得の多い仕事だったのかもなんて思えば、取材の雰囲気も良くなっていく。
仕事については真面目に詳しく話してくれるのに、彼個人の性格は親しみやすいというギャップに助けられた。そのおかげで、私は楽しく取材を終わらせることができたのだった。
その後、彼の方から夕食に誘われて今に至る。けれど、それはあくまで取材の延長線上の人付き合いみたいなもので、下心によるものだという覚えはない。記憶があやふやになるほどお酒を飲んだつもりはなかったけれど、とりあえず目の甘えの光景がその結果らしい。
「確か……ゼロさん、ですよね?」
「いかにも」
「すみませんでした……私、飲み過ぎて全然起きなかったんでしょう? ホテルまでとっていただいて」
「そのことは気になさらずに。女性を運べるくらいには日頃から鍛えていますし、このホテルはわが社の系列ですから」
「そうだったんですか……本当にお手数おかけしました」
実はあの取材の後、1日だけの予定だったネスツ社の取材が2日に増えていた。
取材終了直後、『掲載スペースが増えたから、ついでに会社の設備や様子なども調べてこい』と突如連絡が入り、上司を恨みたい気持ちになっていた時。きっと私は苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだろう。ゼロさんが「どうかされましたか」と親切にも訊いてくれたので恐る恐る提案してみれば、二つ返事で引き受けてくれた。今夜はどこに泊まるのか、ということも確か食事の時に話していたから、気を利かせてこのホテルを取ってくれたんだとは思う。
けれど、ひとつ……どうしても確かめたいことがある。
「でもその、ヘンなこと……とかはしてませんよね……?」
いくら彼が紳士で親切な人だとしても、男女二人が同じベッドに寝ていて、しかも下着姿だなんて絶対普通じゃない。何かあったと考えるのが筋ってもんでしょう。
「誤解を招くような状況ですが、昨夜は何もしていませんよ」
「何も、って……私は下着姿で、ゼロさんはその、何も着ていないし」
「洋服は、あなたが酔った勢いで自分から脱いでいました。私が何も身に纏っていないのはいつものことなので、お気になさらず」
疑うような姿勢の私に対して、ゼロさんは確信があるのか淡々と答えていく。
「ですけど……」
「……では、私に服を脱がされて、ふたりで夜を楽しんだと?」
ゼロさんが、顔を覗き込むようにしてじわりと距離を詰めてくる。これじゃあ、まるで“した”ことに私がしたがっているみたいじゃん!
「ち、ちがいます。そんなことは言っていません!」
決してそういうわけではなくて、ただ、どっちなのかをはっきりさせたいだけ。その事実を知らずに仕事を通して接するなんて、あまりにもマヌケだし。
私が必死に否定すれば、ゼロさんは「ならば、私の言うことを信じるのみですよ」と言ってしまう始末。そんな風に言うから、何か隠しているんじゃないかと勘繰ってしまう。
「ですけど、別の部屋をとるとか、もっと他に選択肢があったはずじゃないですか。介抱してもらって言うのもなんですが」
「それが、生憎昨日は満室に近く、ここしか空いていませんでしたから」
そう言って、仕方がなかったんです、みたいな顔をするものだから、私は彼を信じていいのかどうなのか分からなくなる。
本音を言えば、疑わしい。空いていないなら、私だけを泊めてくれたらよかったのに……とも思ったけれど、潰れた私を運んでもらっている建前、それは言えない。それにゼロさんだって、私の存在に関わらず今日はこのホテルに泊まるつもりだったのかもしれない。
昨日の様子からすれば、酔わせて襲うだなんてそんな卑劣な真似をするような人には思えない。だけれど、昨日会ったばかりの人が言うことを、そっくりそのまま信じることはできないでいるのも仕方がないことだと思ってほしい。
例え、
そんなことがあったとしても……過去の出来事を責めたところでどうしようもないことは自分でも分かっている。何なら、そこに見えるゴミ箱の中を見れば、答えはすぐに分かるし。
でもでも言って食い下がりながらもヒステリックに怒鳴りつけようとしないのは、やっぱりゼロさんがかっこよくて好みの顔をしている点が大きい。こういう時に限って、乱れたオールバックがやけに色っぽいなんて考えてしまうものだから困る。現金なやつだということは自分でも痛いほど分かっているけれど、悲しいかな、本能に抗うことはできない。
ゼロさんが体を起こすと、柔らかなシーツがその動きに沿ってはがれた。シーツの白と褐色の肌のコントラストがまぶしい。あんなことを言っておきながらまじまじと見るものではないと分かっているけれど、目が縫い付けられてしまったかのように視線を反らせなかった。
厚い胸板と割れ目の多い腹筋。普段縁の無い筋肉美に、ゴクリと唾を飲んだ。
……本当に会社勤めの人の体なの? 仕事ができる人は、私生活も充実してるんだろうな。確かに、スキューバダイビングが得意とか言ってたし……
胸焼けするような筋肉に見とれて余計なことを考え始めていると、そっと手を取られる。そして、その手が彼の腹筋に。驚いている私を見て、ゼロさんは私の思考を見透かしたように微笑んだ。
「意外でしたか? 好きなだけ見て、触っていいですよ」
この感触……! 生温かくて、でも奥に芯があるような。筋肉によるなだらかな溝を持つ褐色の肌が、私の手のひらに吸い付いて……って!
「からかわないでください!」
されるがままに堪能してしまっていたことに気付き、急いで手を離す。これじゃあ、格好が付かない。平常を保ったふりの顔をつくって牽制してみせても、ゼロさんは余裕気に微笑む。
「あなたのその様子が私をこうさせるのです」
そっと手を取られたかと思うと、そのまま口づけられる。私の手をついばんでは、反応を楽しんでいるようだった。
時折上目遣いで見られれば、私の鼓動は嫌でも早くなる。大人っぽくて色っぽいのに、いたずら好きな子どものような視線を向けられて、だんだんと頭が混乱してくる。こんなことは初めてで、顔を熱くすることしかできない。
「や、やめてください……」
彼のくちびるから、自分の手をどうにか引き離した。力任せに引き剥がしたからか、ゼロさんはわずかに驚いた顔をしてみせて、それから物足りなさそうな目で見てくる。
けれど、そんな目で見つめられてもこのままじゃどうなるのかは想像に容易いし、私の心臓も持たない。それなのに、ゼロさんは「楽しかったのに残念です」と私の困惑を面白がっているみたいだった。
好きなタイプの人に手だろうとキスしてもらえるのは、そりゃあ嬉しい。けれど、状況が状況だし、色々と問題がある。こう、もっと段階を踏んで、もっとつつましく……とか。とにかく、一回頭を冷やさないと、この現実に向き合えそうもない。そもそも寝起きすぐの朝なのに。
ゼロさんの魔の手から逃げるように、シーツを体に巻いてベッドから降りた。すると、彼もベッドから出ようするので、慌てて止める。
「ダメ? どうして」
「だって、自分で何も着ないって」
「さすがに下は穿いています」
安心してください、とでも言いたげな笑顔を見せてきた。
「そ、それでもダメです……」
「おや……先程から少し、刺激が強すぎますか?」
首を縦にぶんぶんと振る私を見て、ゼロさんは口の端を上げた。
……完全に、私をからかって楽しんでいる。こうやって人が動揺したところに付け込んで何かをする、というのが彼の常套手段なんだ、きっと。このままあくせくしているうちに話の舵を取られてしまえば、この人はまたくっついてくる。そんな事態は、これから起こしてはならない。私の平常心のためにも。
「とりあえず、今日も仕事があるので――」
「会社の案内なら私が担当ですので、時間の都合はいくらでも変えられますが」
今、私がせっかく切り出した話に、被せてきましたよね……? ゼロさんは「何か問題が?」とでも言いたげな顔をして、逃げ道を塞いでくる……もしかして、私は既にゼロさんの手中だということを思い知らせようとしている!?
「すぐに取材をして、私はすぐに会社に帰らないといけないんです。これは上司の命令なんですからね」
別に早く会社に帰ってこいとまでは言われてないけれど、こうでも言わないと私の自由は無さそうに思えた。勢いで嘘を誤魔化すことができたかは分からないけれど、「それならば仕方ありませんね」という声が聞こえれば私は心の中でガッツポーズをした。
「これからシャワー浴びますけど、入ってこないで下さいよ」
「それは……入ってこいと?」
「入ってこないでください!」
つい叫んでしまうと、ゼロさんは一笑した。
***
結局、ゼロさんがシャワールームに入ってくることはなかった。ホッとしたけれど、それは当たり前だということに今さら気付く。
取材先を再び訪ねるというのに昨日と同じ見た目で行くというのはさすがにどうかと思ったけれど……仕方が無い。上司もどうして当日に言うのだろうかと悶々としながらも、シャワーで多少はスッキリした。
髪をタオルで乾かしながら出てくれば、ゼロさんは相変わらずの上裸にシーツを巻いただけという非常にラフな格好をしていた。目に毒だと思いつつ指摘したら負けのような気がして、シャワーが終わったことだけを伝えた。
ドライヤーで髪を乾かし、化粧をする。慌ただしさの中で今までは気になっていなかったけれど、すっぴんを見せてしまっていたことが今さら恥ずかしくなってきた。中身はああでもイケメンには違いないのだから、少しの可能性も見捨ててはいけない……なんて思っていると、シャワーを終えたゼロさんが出てきた。
ドレッサーの鏡を見ていると、振り向かなくたって鏡越しに部屋の様子が見えてしまうわけで。化粧の続きにとりかかりながらも、自然と目がゼロさんを追ってしまう。視線があっちこっちに行って忙しいので、集中することができない。
褐色の肌に銀色の髪。濡れて下りた前髪が、わずかに幼さを見せている。昨日の取材やさっきまでの印象とは違って、ちょっとかわいいかも。まさに、水も滴るなんとやら、ってやつだ。
ふと、鏡越しのゼロさんと目が合う。真っ白なベッドに腰掛けてこちらを見る彼の顔がニヤリとしたのを、私は確かに見た。
大変だ――こっそり見ていたのがバレたことにとてつもない焦りを感じ、慌てて目を反らす。そして、何事も無かったかのように化粧をする手を忙しく動かした。
しかし、ゼロさんはドレッサーへと歩みを進める。二人だけしかいない部屋では小さな音も耳に入って来て、意識すればそれはなおさら。彼が近づいてきているのだと思うと、鼓動の音までもがバクバクと大きくなっていく。
「足りないものなどはありませんか?」
化粧品を並べた台の部分に手をつかれ、必然的に距離が縮まる。まだ濡れたままの髪と体温を感じられるような素肌が近くなって、どうすることもできない。ひとまわり、ふたまわりも大きな身体にそうされてしまうと、まるで彼が捕食者で私は獲物みたい。どこにも逃げられなくなったようで、私は言葉に詰まる。
「は、はい、アメニティでなんとか……」
平然を装って口紅を付けようとした。けれど、鏡に映る自分の顔と向き合えば、鏡越しのゼロさんとも目が合う。私の一挙一動をじっと見られているようで、私の手は自然と動きを止めてしまった。
「急がなくていいのですか?」
急げない理由を分かっているくせに、わざとらしく訊いてくる。「仕事があるのでしょう?」と重ねて問うその唇を黙って見ていることが精一杯で、薄い唇が私に近づくのを鏡越しに見ているだけ。
「そうですけど、ゼロさんがそうやってするから……」
目を反らして言い返す。けれどそれは、彼への抑止力を全く持たない。
「……本当にかわいらしい人ですね」
「そうやって、また、」
鏡越し、ではなく振り向いて彼を見たとき。彼の濡れた目に困惑したところで、唇を捕らえられてしまった。
軽く触れただけかと思えば、次の瞬間には彼の熱い舌が口の中に。突然を奪われては、抵抗するつもりの手さえもが彼のたくましい二の腕を弱々しく掴んでいるだけ。
紳士であるはずの彼は口内を荒々しく撫で回し、頭も掴まえて逃がしてはくれない。呼吸が吐息になって、嫌でも夢中になってしまう。
やっと離れた唇は、激しい息をする。彼の顔を素直に見れず鏡に向き直れば、そこにはもう、いやらしく火照った女の顔があった。
「今日は何を取材します?」
耳元で囁かれ、鏡越しに目が合う。からかうように上げた口角と、誘うように細める目。そっと取った私の髪が彼の指に絡まり、その光景に目眩がする。
返事をせかすように、彼の指が唇を撫でた。返事は決まっているけれど、けれど……決して、私はこんなことを期待して取材に来たわけじゃない。
END