※性的表現
あまりにも長く甘い口づけに、
夢子はクワトロの胸を押した。
「も、いいでしょ……! 誰か来ちゃうってば」
「……ん」
素直に顔を離したクワトロだったが、腰に回した腕まで離そうとはしない。てっきり要求を受け入れてくれたのだと思った
夢子は、彼の不敵な笑みを不気味に思った。
「な、何よ――」
抗議のための口が開かれる前に、彼は再びキスをする。
夢子は驚きのために目を見開くが、その下の感触に再び目を閉じる。先程よりも強く抱かれた腰に諦めを覚えた。その間、誰も廊下を通らなかったことだけが幸いだった(目撃していたとしても、声を掛けなかっただけかもしれないが)。
再びの長い口づけが終わった時、
夢子の顔は蕩けきっており、その表情からはクワトロを非難する全てが排除されていた。
「……つづき」
「ん?」
「こうした責任、取ってよ」
その変わりように内心ほくそ笑むクワトロだが、意地悪にも焦らす。
「誰かに見つかるんじゃないのか?」
「これじゃ仕事にならないでしょ」
「私は別に仕事に支障はきたさんぞ」
わかっているだろうに口答えをするクワトロを、
夢子はにらみつけた。
彼女にとっては精一杯の意思表示だが、彼からすれば魅惑的な視線が送られているだけに過ぎない。そんなことを正直に言ってはまた彼女を怒らせてしまうだけだと分かっていながら、もう少し楽しんでいたかった。
向けられる視線が鋭くなったところで、
「すまん、からかいすぎた」
と、膨れかけの頬に口づけた。
素直になれないクワトロは、こういった手段を取るしかないのだ。機嫌取りのような触れるだけのキスを何度かして、彼は彼女を自室へと連れ込んだ。
***
「ほんと……相手をダメにさせるようなやり方よ、あなたのは」
「ダメになったのか?
夢子は」
汗ですっかり乱れた彼女の髪を払い、そのまま輪郭をくすぐる。その愛撫を素直に受けていた
夢子だが、その口は反抗的だった。
「なるわけないでしょ。それに私は大丈夫なの、ちゃんと割り切ってるから」
「……おかしいな、私の気持ちは伝えたはずだが」
クワトロが神妙な表情でそう言った途端、
夢子は動きを止める。それからゆっくりと彼の瞳を見た。
「あの時の言葉、本当だったの……?」
「私が冗談であんなことを言うと思うか」
「そりゃ、そうは思わないけど……でも、信じられないもの」
「それではどうしたら信じる」
「……とりあえずその手を止めて」
夢子が驚きで身体を固くしている間に、クワトロの手が忍び寄っていた。上辺だけをくすぐるような指使いに、
夢子は鳥肌が立つ。
「それは聞けんな。久しぶりに会えたというのに、みすみす逃がすはずもないさ……無事に帰ってきてくれて、本当に安心した」
胸元に顔をうずめて、そう囁くクワトロ。嫌かどうかを聞くことさえしない彼の傲慢さも、今だけはどこか心地が良かった。
夢子は自分から抱擁を求める体で、彼の求めているものを与えてやった。
「甘えたなのね」
「……何とでも言ってくれて構わんよ」
「ほんと、正直じゃない人」
「それは
夢子もだろう」
「否定はしないけど、あなたほどじゃないわ」
・
・
・
――どうやら私は、君に対して特別な好意を抱いているらしい
突飛な発言に、自室へ戻ろうとしていた
夢子は動きを止めた。それからしばらくして、その言葉の意味を理解した。
『いつもそんなこと言ってるの』
『いつもとはどういう意味だ』
『とぼけなくていいのよ。クワトロ大尉の噂はかねがね聞いているし、それも承知で関係を持っているのは確かよ。でも、そんなことを言って引き留めようとするのはちょっと意外だったわ』
それだけ言って立ち去ろうとする
夢子。だが、女の腕を男が引き留めた。
『……いつもはこんなことは言わない』
夢子は自然と、サングラスの奥に潜む瞳を想像していた。言い慣れた台詞なのだと考えることも出来たが、今だけはあの余裕たっぷりな彼が焦燥感に包まれているように見えた。
これも彼なりのやり方なのだと腹を括って、
夢子はのっかることにした。
『あなたって飽きない人ね』
夢子は微笑む。『……ねえ、今度はどんなことを言ってくれるの――』
……そう言えば、あの時から少し態度が変わった気がする。シャワーを浴びながら、
夢子は数週間前のことを思い出していた。
死が身近にある戦場では、時折センチメンタルになって、心の隙間を埋めるために男女が求め合うのも珍しいことではなかった。そんな中でも、どこか世俗的な感情を毛嫌いしている
きらいがあるように見えるクワトロが、世俗的な言葉を発したのが
夢子には衝撃的だった。そして、一気に彼に絡めとられてしまった。
サングラスの下の碧い瞳を初めて見たときは背筋に電気が走ったような気がしたし、その唇に触れた時は柔らかな感触に夢中になった。あのクワトロ・バジーナではなく一人の男として彼と触れ合うのは、心地よい感覚を
夢子にもたらしてくれた。
鏡に映る、血色のいい肌を撫でてみる。つい先ほどまでクワトロが触れていた肌は、シャワーの水をはじいている。雫を落とす髪をタオルでまとめ、バスタオルで体を巻いた
夢子は、自分の腕で自らを抱いた。
……もう少し、自分の気持ちに正直になってみてもいいのかもしれない。
夢子は、初めて、心と体が一つになったような感覚に満たされた。
シャワーを浴びて出てきた
夢子を見て、シーツの上のクワトロは言う。
「しばらくは艦内で働いてもらうように進言しておこう」
「どうして?」
夢子は髪を拭く手を止めた。
「いやよ、私。やっとパイロットとして戦えると思ってたんだから。スパイだなんて、鬱憤が溜まるだけなのよ」
ベッドに座り、言葉の真意を問いただそうとする。クワトロは上体を起こすと、
夢子の手に自らの手を重ねた。
「好きな女を戦場に出したい男がどこにいると思う。……わかってくれ、
夢子」
彼の口から出るとは思っていなかった言葉に、
夢子は思わず言葉に詰まる。この関係に、こんなにも互いに真剣になってしまうなど想像してもいなかったのだ。
「……」
「
夢子」
「……分かってあげたいけど、それだけは聞けないわ。アーガマを、あなたを守りたいの」
「おまえがいなくなっては困る」
「だからクワトロ大尉、あなたが守って」
夢子が
さもありなんといった顔をしてそう言えば、クワトロは一瞬固まり、それから困ったように笑った。
「とんだお姫様だな」
「あなたも困った王子様よ。将来、亭主関白にでもなるつもり?」
「
夢子がそばにいてくれるなら、そうなるかもな」
クワトロがベッドから出てシャワーを浴びようとすれば、連絡が入る。通信士のトーレスからだった。慣れた仕草でサングラスをかけるクワトロ。
『お疲れ様です、クワトロ大尉。
夢子少尉を見かけませんでした?』
「……いや?」
夢子はカメラの死角へと逃げる。
『それが、部屋に連絡を入れたんですけど、いないみたいで。それで、艦長からの連絡なんですが、
夢子少尉は任務で疲れているだろうから今日はゆっくり休んでくれ、とのことだそうです。もし少尉に会うことがあったら伝えておいてください』
「ああ、分かった」
画面が暗くなると、クワトロは
夢子の方を見た。
「……だそうだ。今日はゆっくりできるみたいだぞ」
含みのある声でそう言うと、クワトロは彼女の腰を抱いた。
「なに」
サングラスを外せば、無言で
夢子の顔を見つめる。それを受けて、
夢子は諦めたように笑った。
「休ませては……くれないみたいね」
「久しぶりなんだ、付き合ってくれ」
「体力オバケ」
「それは確かに自信はあるからな、否定はできん」
洗ったばかりの
夢子の首筋に、クワトロは口づける。シャボンの香りが一瞬そんな気分を落ち着かせてしまったが、その柔肌に触れてしまえば再び昂る。
「でも……バレてるみたいね。慌てて隠れはしたけど、さ」
「別に構わんだろう。どうせなら、厚意にあずかろうじゃないか……――」
数時間後、ブリッジを訪れたクワトロを出迎えたのはカミーユだった。
「クワトロ大尉、
夢子少尉は一緒ではなかったのですか」
アーガマに帰還した際、クワトロと
夢子が話しているところを見ていたカミーユは、てっきりふたりは次の任務についての話し合いでもしていると思っていたのだ。
「先の任務で疲れているらしくてな、部屋で休んでいるそうだ。別に彼女はまだ休んでいていいのだろう?」
「ええ、まあそうですけど……」
口ではそれらしく言うクワトロだったが、カミーユには心の浮つきのようなものが感じられた。
「何かありました? 楽しそうですけど」
「ん? ……まあな」
疑惑を抱かせる微笑みを見せ、クワトロはカミーユの前から立ち去った。
2025/3/5