「いいよね、ブイハチはいっつも可愛がってもらえてさ」
夢子がため息を吐きつつしゃがみこめば、ブイハチは首を傾げた。
キャンピングカーのそばの木陰で横になっていたブイハチは、
夢子がやって来ると起き上がって尻尾を振った。いつものように何か食べ物を持ってきてくれ、いい子だと撫でてくれるのを期待して。
しかし、
夢子の手にはオヤツの一つも握られていなかった。何だか様子が変だと勘づいたブイハチは、甘えた声を出しておねだりをする。
「そんな顔したってダメ、許してあげないんだから」
ブイハチの甘えん坊な様子に絆されないようにとわざとらしく顔を反らした
夢子だったが、くうん、と切なげに鳴かれては我慢ならなくなる。
人間の言葉を理解できるならば、いくらでも説明しただろう。だが、犬であるブイハチにこのやり場のない気持ちなど分かってもらえるはずもないのだ。
夢子はただブイハチ見つめるだけで、しばらく頭を撫でずにいた。
すると、背後から聞き覚えのある声がする。
「そんな意地悪しちゃダメだろ?」
「お、大友さん !? 」
まるで脳内が筒抜けになってしまったのかと不安になるほど都合の良い人物の登場に、
夢子はしりもちをついてしまう。気になる彼に“性格が悪い”などと微塵も思われたくない一心で立ち上がり、お尻に付いた砂を払った。
「意地悪だなんて、そ、そんなことしてませんよ!」
「そうか?」
大友はいたずらっこのような顔をしてみせると、ブイハチの顔を覗き込む。
「そうなのか? ブイハチ」
いつも美味しいご飯をくれる大友がやって来たことに喜びを隠せないブイハチは、ちぎれんばかりに尻尾をブンブンと振った。頭を撫でられて、そのまま勢いよく吠える。
「ははは、相変わらずブイハチは元気だな」
大友がワシワシと豪快に体中を撫でれば、ブイハチは気持ちよさそうに口を開ける。そのまま舌がだらりと出てきて、うっとりとした表情をしたまま目を閉じた。
……そんな様子を見ていると、
夢子はどうしてもブイハチが羨ましくなる。犬に対してヤキモチを焼くなんて馬鹿げているかもしれないが、やはり大友は自分ではなくブイハチに会いに来たのだと思い知らされているような気がするのだ。まるで大友とブイハチふたりっきりの時間が流れ出したようで、
夢子は慌てて口を挟んだ。
「一応言っておきますけど、意地悪はしてませんからね」
「ブイハチの様子を見ればわかるさ。ちょっとからかっただけだよ」
大友はポケットの中に忍ばせていたビーフジャーキーを取り出すと、「な、ブイハチ」と笑顔で与えた。待ち望んでいたオヤツをもらえて嬉しいブイハチは、伏せをしてビーフジャーキーを器用に前足で挟む。そうして無我夢中でかぶりつくと、その頭を大友が満足げに撫でた。
甘やかしすぎですよ――ほのかな嫉妬心交じりでそう言ってしまいたくなった
夢子だったが、幸せそうなブイハチを見ては、彼と一緒に撫でてもっと可愛がりたくなる。
夢子の手も加わったからか、ブイハチはゴロンと横になってお腹を見せた。
「……ブイハチったら、大友さんのことが大好きなんですよ。“大友さん”って単語が出ただけで耳が動くし、きっと人間の言葉が分かるんじゃないかな」
「へえ……ということは、俺の話をブイハチとするのか?」
「えっ」
もしかして墓穴を掘ってしまった……同時に向けられた大友の視線に鼓動を早める
夢子は、頭を猛スピードで回転させてうまい言い訳をひねり出そうとする。
「いやあ、その、ブイハチがあんまりにも大友さんに懐いているから、ちょっと実験というか……」
「そうか」
寂しげに顔を反らした大友は、依然ビーフジャーキーに夢中のブイハチへ視線を送りながら呟く。
「……
夢子ちゃんが、俺の話をしてくれてたら嬉しいんだけどな」
信じられない言葉に、今度はフルスピードで頭が回転する。期待してしまいそうなセリフをあまりにもさらりと言うものだから、
夢子は夢見心地でいた。
「え? あっ、私が、大友さんの話を?」
「ああ」
ドキドキとしながら大友の方を見れば、相変わらずブイハチに優しい眼差しを向けていて、“好き”という気持ちで胸が締め付けられる。彼の関心を引いているのはブイハチだけではないのかもしれないという予感を得て、
夢子は熱い顔のまま噛みしめるように伝えた。
「これからたくさん、大友さんの話をします……」
「あはは、そうか。それは楽しみだな」
それだけ言って、大友は愉快そうに笑う。何だか軽い反応に、言葉を間違えたかもしれないと
夢子は不安に思った。
しかし、好きな人の満点の笑顔を前にしてはそれに釘付けになるしかなく、それからつられたように笑顔になるだけ。そんなところが魅力的で、だからこそ好きになったのだから。
そして、もう一匹――言葉は分からずとも、大好きな
夢子と大友が仲良さそうにしているところを見て、ブイハチは元気よく「ワン!」と吠えた。
END