※SAGA#4ネタ
アメリカでオフを過ごすスゴウチームは、フロリダの浜辺で思い思いに楽しい時間を過ごしていた。
その中の一人、第13回のワールドグランプリで優勝したといってもまだまだ新人のアンリは、浜辺でひとり、砂の城を作っていた。スコップを使って細かな部分まで丁寧に作り上げた、渾身の作品である。
よし、あともう少しで完成だ――最後に城壁の細かい部分を手直ししようとしたところで、突然、想定外の波に襲われる。そうして、アンリの思い描く立派な城は、まさにたったいま崩れて波にさらわれてしまったのだった。
波が届かない場所で作っていたというのに、予告も無しに強い波がやって来るとは……やりきれない思いの行き場を失ったアンリは、足で思いっきり砂の城を押し、陸側のまだ崩れていない部分まで一思いに壊した。そして、次にはスコップを両手で握り、鬱憤を晴らすようにして既に砂の山となっているものに何度も何度もグサグサと突き刺した。
「この、このっ……!」
いくらチャンピオンとは言ってもまだまだ中身はお子様な彼は、自分の感情を上手くコントロールできないでいた。そのおかげで、様々な問題を起こしたり、レースでもうまくいかなかったりしているのだが、そんな彼を気にかけている人物が一人いた。
「アンリ」
まるで恨みを込めるようにスコップを振り下ろすアンリを見つけた
夢子は、彼の勢いに怖気づくこともなく歩み寄る。
「砂のお城作ってたの?」
やっと
夢子に気付いたアンリは、「なんだ
夢子か」といった目で彼女の姿を一瞥すると、スコップを放り出してつまらなさそうに言った。
「……波に流されたけどね」
「じゃあ、もう一回一緒に作ろうよ」
夢子は、持参のスコップを持ってアンリのそばに座る。
「2人で作れば、もっとすごいものが作れるだろうし」
「いいよ、もう飽きた。どうせまた波が壊しちゃうし」
「そう? じゃあ、私だけで作ろうかな」
「勝手にすれば」
……その時はそう言ったアンリだったが、他にすることもなく、めぐみやペイたちとビーチバレーをする気にもなれず……結局は、
夢子の様子が気になって再び戻ってきた。見れば、先程自分が作っていたものと同じか、ややそれ以上に大きな砂の建物が出来上がっており、アンリは素直に彼女の技術に感心した。
「それ、お城?」
まだまだ砂を盛っていく
夢子は、「ううん」とだけ答えてアンリの顔を見上げた。
「私とアンリが将来一緒に住む家」
「はあ !? 」
「ほら、手伝ってよ。じゃないと、私のいいように作っちゃうよ」
アンリの反応も気にせず、
夢子は先程彼が置いていったスコップを渡す。色々と言いたいことや聞きたいことがあったアンリではあったが、
夢子の差し出すスコップをぶっきらぼうに受け取るとしゃがみこんだ。
「庭、狭すぎ」
「そう? あんまり広いとお手入れ大変だよ」
「プールはあった方がいいに決まってる」
「それは、近くに海があるからいいんじゃない?」
夢子の現実的な言葉に、アンリは「そういうこと言うなよ」とだけ返して、ふたりの家(仮)に修正を入れていく。一方
夢子は、自分がせっかく作った砂の家を好き勝手にされて不満を抱くようになる……ということもなく、だんだんと真剣な眼差しになってきたアンリを微笑ましく見ていた。
「絶対3階建てがいい」
「さすがに大きすぎない? それだったら地下の方がワクワクするって」
「地下なんてジメジメしているに決まってるだろ」
「それは分からないよ? 3階よりも安全なんじゃない?」
「あー、とにかく! 3階建てったら3階建てなんだってば!」
ついに屁理屈もなく強引に自分の望みを通そうとするアンリを見て、
夢子は呆れたようにしてみせる。
「もー、アンリは頑固なんだから。……ま、でも結局はアンリの好きなようにしてくれていいよ。お金出すのはアンリだもん」
「はあ !? 」
本日二度目のアンリの“はあ !? ”ではあったが、
夢子はそんな様子を微塵も気にすることなく微笑んだ。
「そうでしょ? 前年度のチャンピオンレーサーさん?」
現金ではあるが、“チャンピオン”レーサーと呼ばれてアンリは悪い気がしなかった。少し照れながら、ぶっきらぼうに訊き返す。
「……じゃあ、
夢子は何するんだよ」
「私? 私は、専業主婦。お金出してもらう代わりに、家事とか育児はするから。これなら文句ないでしょ?」
「誰の家の」
「もちろん、アンリの」
その迷いのない言葉に思わずドキッとしたアンリは、八つ当たりのように言ってしまう。
「か、家政婦の間違いじゃないの !? 」
信じられないと、冗談を言っているんじゃないかと、アンリお得意のからかうような態度を示しても良かったが、その時の彼にはそんなことは思いつきもしなかった。もしかして
夢子も同じ気持ちでいるのではないかと、どこか期待する気持ちが存在していたのだ。
「あれ、アンリはいいの? こんなに素敵でかわいい女の子を他の人に渡しちゃって」
「僕の知ることか。勝手にすれば」
心とは真逆の素っ気ない対応をしてみせて、アンリは再び砂の家づくりに没頭した。
波が寄せてきて、浜辺のマイホームぎりぎりを攻めていく。悲劇が再び起こることを恐れるようにアンリが顔をこわばらせて、それから波が届かないことに気付くとホッとする……そんな、いつのまにか砂の家づくりに熱中していたアンリの横顔を、
夢子は見ていた。
彼のサラサラとした髪を、海風がからかっていく。
「アンリ」
「何?」
名前を呼ばれたアンリがしぶしぶ
夢子の方を向こうとすれば、
夢子はアンリの頬にキスをした。
「かわいい」
ほんの一瞬のことだったが、アンリはまるで彼女の唇から赤いインクを注入されたかのようにどんどんと真っ赤になっていく。
夢子がしたことに、気付いてしまったのだ。
一方、その様子があまりにも面白い
夢子は、「あはは、タコみたい!」とこれまたアンリを挑発するような言葉を返す。
「青い海にお似合いだよ」
自分のキスひとつに振り回されるアンリがかわいくてかわいくて仕方がない
夢子は、子ども扱いでもするように彼の頭を撫でようとしたが、突然、アンリがふたりの夢のマイホームを壊してしまう。
「ああっ !! どうして壊すの!」
夢子の残念がる声も気にせずに、スコップや足やら手やら、使えるものは何でも使ってぐちゃぐちゃに壊していく。まるで、砂の家に対してこのやり場のない思いをぶつけるかのように。
「せっかく作ったのに……」
さすがにショックを受けた
夢子は、夢のマイホームの残骸を見下ろしたまま残念そうに言う。その様子を見ていたアンリは、いくらでも言いたいことがあったが、ぐっと握っていた拳をわなわなと震えさせると一息に言ってしまう。
「こんなのより素敵な家を建ててやるから、別にいいだろ! こんな砂の家なんか……!」
そう言って、
夢子に対してベーッと舌を出したアンリは、そのまま浜辺をかけていく。
(
夢子のバカ…… !! )
悶々とする気持ちを抱えた青年は、熱が冷めるまであてもなく砂浜を走るのだった。そうして、憧れの人物であるハヤトに「アンリ、頑張ってるな」と褒められ、結果オーライのアンリなのだった。
END