※下ネタ注意



「譲二、お疲れ様」
 プラクティスを終えた後、トレーラーへ戻ろうかとすれば夢子に声を掛けられた。
夢子……見に来てたのか」
「仕事、早く上がっちゃった」
 得意気な顔の恋人を見て、一気に気分が良くなる。
「忙しいのにありがとな」
「ううん、日頃中々見に行けないからこれぐらいいいの。はい、タオル」
「お、サンキュ」
 互いの仕事の都合で、一緒にいる時間を設けることが難しい俺達。仕事終わりに労ってくれる恋人がいるというのは、ちょっとした憧れのシチュエーションでもあった。
「これでもう終わり?」
「うん」
「走ってるところ見たかったな」
「なんだ、見てたわけじゃなかったのか」
 てっきり見てくれていたものだとばかり思っていた俺は、拍子抜けしてしまう。結構いいタイムを出せたし、普段見てもらえないかっこいいところを見せられたかと思ったのに(それで惚れ直してくれるのを期待していたりして……)。
「あっちの方で走ってたんだよ」
 指で示そうとして腕を上げた時、肩に掛けていたタオルが落ちてしまった。拾おうかと前かがみになる前に、先に夢子がしゃがんだ。
「ありがとう」
 タオルを受け取れば、どうしてか夢子の顔が赤らんで見えた。急な上下運動のせいだろうか、気にも留めずに話の続きをする。
「これからもう一回走ってこようか」
 冗談を混ぜて言ってみるが、夢子がいつものように乗ってくることはなかった。うつむきがちに黙り込んで、どうも様子が変だ。
「どうかしたのか、夢子
 不思議に思って顔を覗き込めば、夢子はやっと口を開いた。
「……私は今から部屋に戻っても大丈夫だから。その、仕事が忙しくてしばらく会えていなかったし……」
「え?」
「……え?」
 お互い見つめ合って目をパチパチとさせる。……いや、さっぱり訳がわからない。
「どうしたんだ、突然」
「だって、譲二の……」
 そう言って視線がどんどんと下がっていく。つられるように見て行けば――まずい、そういうことだったのか!
「こっ、これはその、生理現象みたいなものでさ……ほ、ほら、レースで興奮したからというか別にやましいことは何も……」
「そ、そうだよね!」夢子は納得したように頷く。「すごくエネルギー使うし、仕方ないよね。うん、生理現象なら仕方ない」
「けど、改めて指摘されるとちょっと恥ずかしい……」
「ごめん……」
 なんとなく気まずい空気が流れ始める。久しぶりに会えたっていうのに、こんなことになるなんて。
「……あ、夢子はこっちに泊まるのか?」
「うん、そのつもり。いいかな」
「もちろん。俺も嬉しいよ、夢子と一緒に週末を過ごせるなら」
「私も嬉しい」
 夢子の照れた顔を見ていると、心が満たされていく。けれど、ついつい先走って今夜のことを考えてしまう、我慢の効かない自分もいる。
 悩んだのはほんの数秒。……やっぱり、夢子の勘違いに便乗させてもらうことにしよう。
「でさ……さっきの言葉、本当?」
 夢子の腰に、さりげなく腕を回す。
「た、ただの早とちりだから気にしないで」
「さっきはいいって言ってくれたのに」
「それは……」
 恥ずかしそうにする夢子を見て、にやけが止まらない。ほんと、こういうところがかわいいんだよな。
「なあ、早めに切り上げてくるからさ、家で待っててくれよ」
 夢子は少し俺を焦らした後、恐る恐る頷いた。
「やった!」
 嬉しさのあまり我慢できず、夢子の頬にフライングのキスをしてしまう。唇じゃないのは、夢子にちょっと意地悪をしたくなったから。そんなに我慢できなさそうなのにどうして唇じゃないの?なんて言いたげな物欲しそうな目をしている夢子を前に、ついつい唇に口づけてしまいそうになるけれど……だめだ。お楽しみは最後までとっておかないとな。

 しばらく会えなかったから、これからも忙しいから……なんて理由をつけて、結局その夜は十分に夢子を堪能させてもらった。
 翌朝、夢子はちょっと怒っていたけれど、そんな態度もかわいいなんて思ってにやけてしまえば、さらに夢子を怒らせてしまう。こんな時、どうやってかわいい恋人の機嫌を元に戻そうかと画策するのも一種の楽しみではある。
「なあ、夢子
「……何?」
「実は今日、オフなんだよ」
「……」
「……」
「……それで?」
 正直なところ、怒った夢子のツンとした態度も嫌いじゃない。別にマゾってわけじゃないけど、こう、グッとくるものがあるというか。
「だから、どこかに出掛けないか?」
 夢子は俺を一瞥した後、しばらく悩んでから答えた。
「……いいけど」
 まんざらでもなさそうな夢子の顔を見て、俺は笑みが止まらない。
「でもさ、その前にもう一回」
 そう言えば途端に向けられる夢子の呆れたような顔は、「懲りないよね」と言わんばかりで。俺の思惑もすっかりお見通しみたいだ。
 それなのに、俺はどうにも嬉しくなって、つれない夢子を抱きしめた。
「ほんとバカ」
「ああ、夢子のことになるとな」
 まったく、俺って重症かもしれない。


2025/7/20