「フィル、猫みたい」

 私の口からそんな言葉がこぼれたのは、ソファに座ってフィルと一緒にテレビを見ている時のことだった。すっかりテレビの方に熱中していたらしいフィルは、私の顔を見ると眉をひそめた。
「僕が?」
「なんとなくね。ほら、すらっとした感じとか、落ち着いた感じとか」
 テレビがCMに入った時、私はふと横を向いた。特に大した意味も目的も無かったけれど、恋人がどんな様子でいるのか気になったから。けれど、その視線の先にいたフィルの横顔は何とも魅力的で、思わず目を奪われた。
 何かに似ているかも、なんて感じた時、彼のツンと尖った鼻先と小さな口が猫の横顔を思わせた。そうして考えてみれば、男の人にしては華奢な体は猫のしなやかな体に似ているし、基本的に落ち着いた雰囲気も猫のおしとやかな仕草に似ている。やさしげな声も、猫が甘えるように鳴く声のようだと思った。
「そうかな」
 ……だけれど、当の本人はいまいちピンと来ていないみたい。私は、一度フィルが猫だと思ってしまえば、そんな風にしか見えないでいるのに。今だって、いまいち不服そうにしている様子さえ、猫の気まぐれなところに似ているかも、なんて思ってしまっているし。
「そうだ。猫、飼ってみる?」
 なんとなくの提案。これまた、特に大した意味も目的も無い、今までの流れからぼんやりと浮かんできた話題だった。
 フィルとふたりで暮らすことに、特に何か不満があったわけではない。グレイのもとでメカニックについて学ぶ恋人と、それなりに幸せな毎日を過ごしている。
 だけれど、もし猫(犬もいいけれど)がいたら、生活がもっと楽しくなるのかもしれないとも思う。フィルと出会った頃、彼はいつも猫を抱いていたので、てっきり彼の飼い猫だと勘違いしていた。そんなことを思い出せば尚更、フィルは動物のいない暮らしに物足りなさを感じているのではないか、と強く感じる。
「フィルさ、前、いつも猫を撫でてたじゃない」
 そう言って顔を覗き込めば……フィルは明るい顔をするどころか、少し不満げにしていた。そうして、目を合わせないままにポツリと呟く。
「……僕がいるだろ」
「え?」
「僕がいるから、その、いや……ふたりでいいんじゃないかと思って」
「…………」
「あの、夢子……?」

 ……何て、言った? 今、フィルは何て……

『僕がいるだろ』――フィルの言葉がいまいち信じられなくて、しばらくポカーンとしてしまう。そのうち、意識の遠くでフィルが困ったように笑っていることに気づく。
「ごめん、今の言葉は忘れて。夢子が飼いたいなら、僕も賛成だよ」
 もちろん、その姿を見て、私はついに我慢ならなくなってしまい……
「もう、と~~~ってもかわいがってあげる!」
 そのままソファに倒れ込む勢いでフィルに抱きついて、彼の頭をこれでもかというほどにクシャクシャに撫でる――フィルってば、ほんっとうにカワイイ!
 まだ存在もしていない猫に嫉妬したのか、偶然見せてくれたあまりにもいじらしい姿に、私はとにかくフィルを甘やかしたい気分になった。名雲さんの猫を撫でていた印象が今でも強くて、きっと猫好きなんだろうな、フィルも猫に似ているからきっと共鳴してるんだろうな、なんて思っていたけれど、今度からはうかつに猫の話題を出さないようにしよう。……いや、こんなにかわいい姿が見られるというなら、意図的に猫の話題を繰り広げるのもいいかもしれない。
「“かわいい”って言うのやめろよ」
 呆れ顔のフィルは、私に乱された髪を手のひらで撫でつける。……ほんと、そういうところも猫の毛づくろいみたいに見えるんだけど。
 私は「ごめんね」なんて口ではそう言いつつも、頭をやさしく撫でる。可愛がろうという姿勢を変えるつもりのない私に、フィルは「まあ、いいよ」とひとつ息を吐いた。
「僕も、夢子のこと可愛がってあげるから」
 いつのまにか私の頬にフィルの手が伸びていて、そのままキスされてしまう。そうして、許可も無いままに隙を縫ってだんだんと深くなっていく口づけに、私はフィルの胸を叩いて体を離した。
 肩で息をする私は、余裕気な表情のフィルを睨んでみせる。
「やっぱり猫にする!」
「そう?」フィルは私の髪を撫でる。「猫のきまぐれに付き合うのは大変だよ?」
 子どもに言い聞かせるようなわざとらしくやさしい口調に、私は反抗心を抱いた。
「フィルだって、同じでしょ !! 」
 そう言い切って、私は再びテレビを見始める。けれど、いつのまにかフィルに手を握られていて、指まで絡ませられていた。フィルの顔を見れば……ほら、今度は機嫌良さそうに微笑んでいる。
 まったく、猫よりも十分気まぐれなフィルは、私の気持ちを知らないで振りまわしてくる。フィルをからかってかわいい姿を見れたかと思ったら、そのすぐ後には私の方がからかわれているんだから。
 そんなところも猫に似てるかも。まあ、確かに当分はふたりっきりでいいかもしれない、なんて思ったけれど……絶対に言ってやんない。


END