何でもない休日。金田の部屋でだらだらと過ごす夢子は、カーペットの上で横になってコミック雑誌を読んでいる恋人の背中を、ぼんやりと眺めていた。
「……金田君ってさ、思ったより筋肉あるんだね」
 下はいつも通りズボンをはいていても、上半身は白のタンクトップ一枚。自分の部屋だからと完全にリラックス状態の金田は、Tシャツをそこら辺に適当に放り投げて、真夏の虫捕り少年のような格好で過ごしていた。
 夢子のボーッとした口から出てきた、ひねりもない思ったままの言葉に、一拍遅れて金田も「なんだよ」と言い返す。
「貧弱野郎とでも思ってたのかよ」
「そうじゃないけど――」
 背中から腕にかけての感じ。それは、よくよく見慣れた自分のものとは異なっている。どこか硬そうで、自分の腕と比べてみれば、とても同じ成分から出来上がっているようには思えなかった。何度も触れたことがあるとしても、ふと、こういう時に違いを感じ取ってしまう。そして、それがどこかむずがゆくもある。
「ちゃんと男の子なんだなあと思って」――そう言った途端。金田はごろんと転がるようにして起き上がり、雑誌を雑に放ると夢子の顔を見た。
「なァにィ? それってお誘い?」
 ふざけた声と表情でそう言えば、「もう、夢子チャンったらエッチなんだから!」と夢子の体を人差し指でツンと押す。その様子に耐え切れなくなった夢子は、「あはは」と笑い声をもらした。そして……ちょっとした意地悪を遂行することにした。
 夢子にちょっかいを出したついでに、金田は服を着ようとする。しかし、その手がTシャツに届きそうかというところで、夢子がそれをヒョイッと奪ってしまった。
「アッ、チョットォ!」
「うふふ」
 夢子はわざとらしく笑って見せて、まるで宝物を奪った大魔王気取り。対して勇者は――金田は、赤い布を見た闘牛のように、果敢にもシャツを取り戻そうと試みる。
 それでも、夢子はそうやすやすとは渡さない――別に、恋人にタンクトップ姿でいて欲しいと思っていたわけではない。どちらかといえば、雑誌を読んでばかりで構ってくれなかった恋人がやっと自分の方を見てくれたこと、それが嬉しくて、反応が面白くて……とにかく楽しかった。
「返せよ、服」
「ダメ」
 くちびるを尖らせて、子どもが駄々をこねた時のようにすっぱりと言い切る夢子。その隙を縫って金田が手を伸ばすが、今度は彼女の背後に隠されてしまう。
 彼からすればここは自分の家なので、新しい服でも出してくれば済む話なのだが、そんなことをしては白旗を上げたことになる。夢子から服を取り返すことこそが勝利の条件であり、変なところで負けず嫌いが出てきた金田は、この勝負に立ち向かうことにした。
「なあ、夢子
 降参を声音に滲ませて油断させてみようとしても、夢子は返そうとはしない。どこかからくる余裕が、彼女の口に弧を描かせる。
 初めは遊び感覚で付き合っていた金田だったが、さすがに夢子に返す兆しが見えないとなると、少し態度が悪くなってくる。
「もういいだろ――」
 ぶっきらぼうな言葉とともに、ついに正面突破で強引に奪おうとする金田。しかし、そのあまりの勢いの良さに夢子は驚き、そのまま倒れてしまう。もちろん、金田はまさか夢子が倒れてしまうとは思っていないわけで……

「「あ」」

 ふたりの声が重なったかと思えば、互いの顔は息が触れ合うほどに近くなっていた。あと少しで、唇が触れてしまいそうなほどに。夢子の顔のすぐ横に肘をつく金田は、彼女のどぎまぎとした表情に気分を良くした。やっと、彼女に勝てたと。
 そうして、ふたりの顔は自然と近づき、唇が触れてしまうと思われたが……どうしてか、ふたりとも意地でもくっつけようとはしなかった。お互い自分からは近づけないで、相手が我慢できなくなるのを待つように挑発的な視線を送り合っている。つまり、勝負はまだまだ続いていたのだ。
 すると、金田が吐息交じりで夢子に話しかける。
「なあ……」
 “先に相手の口を開かせた”と嬉しい気分の夢子は、「ん?」とこれまた余裕な感じで返す。その表情を見て何か思うことがあったのか、金田は彼女の頬を撫でながら言った。
「もしかしてさァ、これ、想定内?」
「……さあ?」
 夢子は、不敵な笑みで答えてみせた。


END