私の目の前にいる、にやけ顔の男の子――金田くんに、私はなぜか惹きつけられる。“なぜ”というのは、女癖が悪い典型的なダメ男みたいな人だから。

「それ、食べないの」

 金田くんの目線の先には、私の皿にいくつか残っている付け合わせのポテト。緊張で食の進まない私は、曖昧な返事をする。
「え、う……ん」
「じゃァ、もーらいっと」
 金田くんは遠慮することなく腕を伸ばすと、フォークでグサリと刺してしまった。そして、口へと運んでいく。
 ……だって、普通、好きになるかな? こんな人。私から誘ったのは百歩譲ったとしても、「ランチ代をすべて払ってくれるならいいぜ」とか普通言う? おまけに、人のお皿のものにまで手を出してくる。もう少ししたら、食べようと思っていたのに……ほんのちょっぴりガッカリしてしまう。
 金田くんには、初めから品性を求めてはいない、けど、けど……正直ここまでとは思っていなかった。目の前でおいしそうに食べてくれるのは嬉しいけれど、これじゃ、私はいいように使われるだけの女だ。
 ひとり悶々としながら空いた皿を見つめていると、金田くんが口を開く。
「でもさァ、奢ってくれるなんて夢子ちゃんも太っ腹じゃン。何か儲け話でも持ってんじゃないのォ?」
「儲け話って……別にそういうんじゃないの。一度は金田くんと遊んでみたかったから」
 本当はデートしたかったんだけどね、なんて言えるわけもなく……そもそも、私が財布前提なのにデートって、いくらなんでも無理がある。それに、私が金田くんに対して好意を持っていることを可能性としてでも考えた発言が出ないことに、少し悲しくなる。
 確かに、私は金田くんにとってはただの友達ぐらいで、特別に感じるような間柄ではないかもしれない。けれど、異性ではあるんだし、わざわざこうやって食事に誘った理由を考えてみてほしい。ご飯をたらふく食べさせてくれる、面倒見のいい親切な人だとでも思っているんだろうか。

「この後、どうする?」
 いつのまにか爪楊枝をくわえていた金田くんは、窓の外を眺めながら訊いてきた。
 窓の外の街は、お昼時だからかいつもより多くの人で溢れている。熱そうなアスファルトの上を走っていく車を見ていると、自然とどこかへ出かけたくなる。
「特には考えてなかったかも。金田くんは何かあるの?」
「俺? 行きたいところ……ねェ」
 顎に手を当てて、深く考え込むような仕草をする。
「……ちょっと待って。その、あんまりお高いところはナシね。どうせ、この後も私持ちとか言うんでしょ?」
 このまま好奇心大魔王である彼の言う通りにしたら、どれだけお金があっても足りなさそう。食事だけで終わりかと思っていたので金田くんからこの後を誘われたのは嬉しいことこの上ないけれど、お金に余裕のある生活を送っているわけではないし、あまり贅沢はできない。……というより、そもそも、金田くんがお金を出してくれさえすればいいだけの話なんだけれども。
「ま、とりあえず外に出ようぜ」
 ひとまずファミレスを出て、人に流されながら歩いていく。どこに行くか決まっているわけではないけれど、なんとなく歩くこの道も金田くんが隣にいると思うだけでワクワクとしてくる。
 並んでみれば思っていたより金田くんの背が高くて、ほんのりドキドキとしてしまった。看板が目に騒がしいコンクリートの街も、きらきらとまばゆく輝きだす。
 と、ふと、金田くんが歩みを止め、顔をこちらに向けた。
「俺ン家、来る?」
「金田君の家…… !? 」
 ……そう来るとは思わなかった。まさかの提案にびっくりしながらも、その通りにしたい自分が心のどこかにいる。そう“したい”というのは、やっぱり、金田くんの性格は問題的なものだということを知っているから。
「ヘンなこと考えてるんじゃないでしょうね」
「えぇっ !! そんなワケないじゃん」
 目を見開いて、わざとらしく驚いた反応を示す。
 その驚きが、本当に心の底からであればどれほど嬉しいことか。何も変なことを考えていないというのならば、本当にそうであってほしい。でも、彼は絶対に考えていた。食欲を満たした後は、性欲を……って、どれだけこの男は本能のままに生きているんだか。正直、呆れてしまいそう。
 疑い深い目で見ていると、金田くんは弁解しようと思ったのか、頭をかきながら苦笑いをする。
「実は、部屋の片付けをしたいと思ってて……」
「ひとりですればいいじゃない」
 そうよ、自分の部屋の片付けを自分でできなかったら、誰がするっていうのよ。相変わらずヘラヘラとした金田くんを、そう言ってバッサリ斬った。
「そんな言わないでさァ、ね。夢子ちゃんが手伝ってくれたら嬉しいんだけどなァ、なんて」
「それを理由に、家に連れ込もうって算段ね?」
「ち、ちがうってば」
「じゃあ、仮に・・下心が無いとしても、奢ってもらった相手に部屋の片づけまでさせようってのはどうなの?」
「そ、それは……あ、ほら! 部屋がきれいになったら、お茶でも淹れてあげるからさァ!」
「そのお茶も、どのみち私が淹れることになりそうだけどね」
 私だって、こんな色気のない会話じゃなくて、もっと楽しくてムードある会話がしたい。けれど、金田くんの口からはムードの欠片もない提案ばかりが溢れてくる。これじゃあ、夫婦漫才でもしてた方がお似合いかもしれない。
「本当に、俺は片付けとかが苦手なンだってば! だから、ぜひ夢子ちゃんに手伝っていただきたい !! これでどうよ。下心、ないでしょォ?」
「どうよ、って……」
 ね、と私にすり寄るようにして同意を求める金田くんは少しかわいく思えて、その勢いに押されるようにして「わかった」と言ってしまいそうになる。
 けれど、私に手伝ってもらいたいという理由が、“本当に片付けが苦手だから”というものかどうかは定かではない。それに、私じゃないとダメ、という明確な理由もない。多分。
 どうせなら部屋の片付けとかじゃなくて、ただ単に私を家に招きたいという理由の方が良かったけれど、惚れた弱みというか、そんな瞳で見つめられては断るのが難しい。そりゃあ、好きな相手のガッカリした顔を見るよりは喜んで笑っている顔を見ている方がいいし、理由はどうであれ、私が求められているというのは素直に嬉しい。
 ……ああ、こうやって私もいいように使われるだけの女になっていくんだろうな、きっと。
「本当に……本当に何もしないって約束する?」
 これじゃダメだと分かっているけれど、私は目の前の喜びを選んでしまった。
「うん、するする!」
「本当かしら。じゃあ、もし約束破ったら――」
 ここで、ちょっと考えた。あまり金田くんにとって痛くないものを質にとったら、約束はすぐに意味を無くしてしまうと思う。だからといって、あまりにも無理な条件を言い渡せば、デートの延長は取り消されてしまいそうな気がする。
 程良く、足枷になるようなもの――そうだ!
「金田くんのバイク、私のものね」
「バ、バイク ?! そんなにまでしなくたっていいじゃン!」
「別に変なことしなければ、問題ないでしょ。それとも、バイク自体壊す方がいいかしら」
「え……」
 冗談で誇張気味に言ってみれば、金田くんは青ざめた顔をする。
「じゃあ、約束成立ね」
 さっきまでの様子との変わりようがおかしくて、いたずら心からさらに付け加えてみる。
「あと、今度奢ってよ? 割に合わないからね」
「ちょっとォ……注文多すぎない?」
「それはこっちのセリフでしょ。だれのお金で好きなだけ食べたと思ってるの」
「そうだけどさァ……」
 渋々、分かったというような顔をして金田くんは歩き出した。私も、その背中についていく。女癖が悪い、なんて言われている彼を少しだけ手懐けられたように思えるのがちょっぴり嬉しい。
「家は近いの?」
「まァ、そこそこ」
「そこそこじゃ、分かんないわよ」
「そのうち着くってば」
 早く着いてほしいという気持ちと、このままずっと金田くんの隣を歩いていたいという気持ちの板挟みになりながら、入り組んだ道へと入っていった。


***


「うわぁ……これ、生活する場所……?」

 古いアパートの扉を開ければ、そこは天国……とは遠くかけ離れていた。とにかく物で溢れていて、どうやって生活を送っているのか気になるほど。まあ、敢えて訊かなくても、なんとなく分かりはするけれど。
「案外、へーきだって。ほら、こことか足の踏み場はあるしィ」
 住み慣れた住人は、わずかに見える底を縫うように、軽々と部屋の中心にまで辿り着いてしまった。
「冗談じゃないわよ、信じられない」
 目の前にあるものが、果たして日頃使っているものなのか、それとも捨て忘れたゴミなのか。それさえも全く分からない。今日初めてこの家を訪れた者からすれば、悪いけれど全てゴミのように見える。とてもじゃないけれど、金田くんがいるところまで進んでいく勇気が出てこない。
 しばらくゴミの山をごそごそとしていた金田くんは、何かを見つけて私に見せつけてくる。
「あった、あった。ほら、掃除機。使っちゃってよ」
「そうだけど……その前に、この山をどうにか――」
「あぁっ! なんだァ、こんなところにあったのかァ」
「金田くん……」
 宝探し気分で楽しそうにしている金田くんを、初めて羨ましく思った。




 途中で掘り当てたものにすぐ興味を持っていかれる金田くんを注意しながら、何とか掃除を終えることができた。
 掃除に手をつける前は、果たして、今日だけで片付けが終わるのだろうかと思っていた。けれど、この部屋が今まで汚く見えていたのはどうやら大きなものばかりが面積を取っていたせいらしく、思っていたよりも簡単にきれいになった。
 途中で次々と発見される掃除道具だけ一丁前に揃っていて、どうしてそれらを活用しなかったんだろうと強く思った。これぐらいの片付けもできないとは、金田くんは将来ゴミ屋敷にでも住んでるんじゃないかな。

「あーキレイになったァ」
 やっと見えるようになったマットの上で寝転がり、大きく伸びをする金田くん。快適だと言わんばかりの表情を見下ろしながら、私はローテーブルの前に腰を下ろした。
「そんな風にしてるけど、ほとんど掃除してなかったじゃない」
「えェ? そうだっけェ?」
「途中で見つけたマンガ読んでたでしょ」
 探してたンだよねェ、なんて言いながらちょくちょく掃除を中断していた金田くんがしたことと言えば、要るものと要らないものの選別ぐらい。どこに何を片づけてあるのかも、きっと分かっていないと思う。
「って言うか、ほら、やっぱり私がお茶淹れてる」
「いやー、ありがとう」
 金田くんは寝転んでいた体を起こすと、湯のみを口元へと運んだ。
夢子ちゃんの淹れるお茶はおいしいよ」
「また……お世辞言って誤魔化そうとしてるでしょ」
「お世辞じゃないってェ。ほら、こうやってしてるとさ、家族団らんみたいな感じでいいじゃン」
 突拍子もないことを言うものだから、びっくりして聞き返してしまった。
「私と金田くんが?」
「そォ」
「冗談はやめてよ。私はこんなにだらしない人が夫だなんて、絶対嫌だからね」
「……そんなこと言わないでよォ。逆にさ、だらしないからこそ支えてあげようみたいな気持ちにならないワケ?」
「なるわけないでしょ。支えるどころかこき使われるってことが、今日だけでも十分わかったから。金田くんの奥さんはきっと大変ね」
夢子ちゃんがなってくれるンじゃないのォ? 俺たち、結構合うと思うンだよねェ」
 なんで、そんなことを簡単に言ってくれるかなぁ。一生懸命自分の心を抑えているのに、期待させるようなことを言われると心が舞い上がってしまいそう。口ではだめだめだめだめ言うけれど、本心は真反対なんだってことに、金田くんは気付いているんじゃないかと思ってしまう。
「合うわけないじゃない。私は絶対に金田くんと結婚なんかしないし、そもそも、そういう仲にもなってないし――」
「じゃ、今からなる? そういう仲に」
「ば、バカじゃないの ?! 」
 つい、叫んでしまった。ハッとした時には金田くんが目を丸くしていて、私の鼓動がどんどんと早まる。
 どうしよう、バレた……? あんなに急に叫んだら、まるでそう思ってたみたいに思われるのは仕方がないことだけれど、別に直接そう言ったわけじゃないし、バレては、な、い……?
 一体どっちなのかは分からないけれど、意識すればするほど、じわじわと顔に熱が集まっていくことだけは分かる。心の中を悟られたくなくて、そっと金田くんから目を反らした。
「顔、赤くなってるけど」
 すぐに放たれたジャブに、私は動揺を隠せない。
「そ、そう? これは、その……ほら、ここの部屋、暖房が効きすぎてて――」
「壊れてるから、付かないはずなンだけど」
「あれ、そうだったっけ……や、やっぱり、熱が出てきたのかもしれないわ。最近、風邪が流行っているから――」
「ふーん。さっきまでピンピンしてたのにねェ」
 見苦しい言い訳を重ねる私を、金田くんは冷静にどんどんと追い詰める。疑い深い目(それも茶化しているような目)で見てくることさえ、どういうつもりなのか分からなくて余計に困る。
 窮地に立たされた私は、「体調は急変するものなのよ……!」と慌てて返したけれど、そんな努力も次の言葉を聞けば意味をなさない。
「じゃあさ、さっき家族団らんとは言ったけど、“夫婦”とは言ってなかったでしょォ?」
 金田くんは、含み笑いをする。
「でも、夢子ちゃんは、俺たちを夫婦だと考えたワケだ」
「そ、それは――」

夢子

 金田くんは私の名前を呼ぶと、無言で見つめてくる。心の奥を見透かそうとしてくる真剣なまなざしを向けられると、我慢できずに反らして。“すき”というたった2文字の言葉を口にするのは簡単だけれど、変な緊張から乾いた唇は思い通りに動かない。
「正直に言わないの」
「……正直に言ってるわ。熱があるって」
「じゃァ、俺と目ェ合わせてよ」
「そ、そんなことしなくたって、別にいいでしょ! 私、体調が悪いから、もう帰る」
 恥ずかしさでここから早く逃げ出したい私は、じわじわと距離を詰めてくる金田くんを無視してガバッと立ち上がる。
 けれど、すぐに金田くんに腕を取られて、その場から動くことも出来なかった。
「ねえ! お願いだから、離して!」
「そう言われると、離したくなくなるンだよねェ」
「金田くんのいじわる! いいから、ほら、離してよ!」
 すると、勢いよく腕を引っ張られ、そのまま金田くんへとダイブする。彼に覆いかぶさるように倒れこんでしまい、私は急いで離れようとする。しかし、金田くんは私の腰を捕まえて余裕の笑みを浮かべるだけ。これじゃ、まるで……
「ヘンタイ! スケベ! 不潔よ、フケツ !! 」
 腰に絡む腕をどうにか振りほどいて立ち上がる。緊張に重なる、まさかの事態に動転してしまった私は、困惑が怒りに変わり、叱りつけるような口調で金田くんを非難した。
「すぐ女の子に手を出す無責任野郎って、聞いたことあるの。やっぱりその通りみたいね」
 それでも、金田くんは悪びれる気配もない。
「そんなのただの噂だってェ」
「噂だとしても、そんな風に言われるような人を好きになるわけないじゃない!」
「でも、俺は夢子のことが好きなンだけど」

 ドキリとする。
 今、金田くん、私のことを“好き”って……

 驚いた顔で金田くんを見れば、真剣な顔をしている。決して、適当に言った言葉じゃないんだと思えた。
「どォする」
「どう、って……」
 不敵な笑みを浮かべて、誘うような目で私を見つめる。金田くんも同じ気持ちでいてくれたんだ、という感動が私の思考を溶かして、ひたすら顔を熱くしていく。
 金田くんは立ち上がって私の横に立つと、そっと腰のあたりに腕をまわした。これからどうなるかぐらい、いくらでも予想がつくくせに、今更意味のない抵抗を重ねる。
「いつもそうやって女の子を口説いてるのね……本当に最低よ、金田くん」
「じゃァ、嫌いなワケ? 俺のこと」
「き、嫌いって訳じゃ、ない、けど……」
「そォなんだァ。じゃ……好き?」
 鼓動が早くなり、首元に当たる息が身体を熱くする。こう、抱きしめられて、こんなに近くにいて……好きな人だったら拒めるわけがない。
「好き……金田君のことが」


***


 私の気持ちがバレてから目まぐるしく展開していったふたりの仲は、ひとまず布団のなかに収まっているはず、だった。
 けれど……ほらね。隣にいたはずの金田君はいない。毛布は私が独り占めしている。
 ホテルだとかいうのなら、逃げてしまえばいいけれど、ここは金田くんの家。結局はここに帰ってくるんじゃないの? 一体、どうして金田くんは何も言わずに逃げるようにして出て行ってしまったんだろう……なんて、素肌に毛布を被せた格好のまま考え事をしていると、ガチャリとドアが開く。
「金田く――」
 声を掛けようとすれば、次の瞬間には、耳をつんさぐような声が頭中に響いた。

「なっ、なっ、なんで俺の部屋に夢野がァ ?! ってか、部屋がきれいになってるゥ !? 」

 ――突如、発覚した事実。そして、じわりじわりと湧き上がっていく金田くんへの怒り。
 そうかい、そうかい……あいつは、山形くんの部屋でやり逃げしていったってことね……。

 状況を受け入れられず、驚いた顔のまま玄関で固まっている山形くんには申し訳ないけれど、私の中では復讐の炎がメラメラと燃え盛っていた。こうなった経緯は手短に説明するので、あの男が行きそうな場所を今すぐに吐いてほしい。
 まあ……会ったらひとまず、平手打ちかな。バイクだって、粉々にしてやるわ。


END